ある日突然、エリートが「加害者」となったシンプルな理由

犯罪者を生み出す「不幸」の正体
阿部 恭子 プロフィール

時間をかけた事件の検証を

5月28日に起きた川崎殺傷事件は、多くの人を恐怖に陥れた。無差別殺傷事件のような不特定多数の人を巻き込む事件の報道に比べ、被害者が家族に限定される家族間殺人の報道は小さい。良くも悪くも、メディアの関心が低いのである。

このメディアの関心の差がどこから来るかといえば、人々が巻き込まれるリスクの有無である。あえて乱暴な言い方をすれば、家族で殺し合うなら勝手にやってくれということだろう。

しかし家族間殺人が起きた家庭は、必ずしも家族関係が悪かったわけではない。小さな問題の蓄積が、徐々に事件に発展しているケースが多いのだ。つまり、誰にとっても他人事ではないのだ。家族の犠牲を美談として、事件を収束させてはならない。

 

犯罪のない国はない。日本は諸外国に比べ、犯罪が少ない国であるが、これからも事件が起こることは止められないであろう。

事件の被害者になる可能性もあれば、加害者家族として巻き込まれる可能性も否定できないのが現実である。私たちは、そうしたリスクのある社会で生きているという事実を受け入れなくてはならない。

加害者やその家族を特異な人々と切り離すことで安心するのではなく、真相に迫る勇気が必要である。