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ある日突然、エリートが「加害者」となったシンプルな理由

犯罪者を生み出す「不幸」の正体

見えない孤立

「不幸な生い立ちが犯罪者を生む」とはよく聞く話である。「不幸」といえば、わかりやすいのは貧困である。極貧家庭で育ち、1968年、4人を射殺した永山則夫の事件が思い出される。

筆者はこれまで200件以上の殺人犯の家族を支援しているが、永山氏のような極貧家庭で育った犯罪者には会ったことがない。加害者家族の実態は、事件の凶悪性からは想像できないほど平凡な家庭が多い。社会的地位が高い人々も少なくない。

6月1日に起きた元農水省事務次官による長男刺殺事件は、日本中に衝撃を与えた。家族は、長年引きこもりだった息子の家庭内暴力に悩まされていた。激しさを増す息子の暴力的態度に、父親の脳裏には、直近に発生した川崎殺傷事件が過ったという。

このままでは、我が子が大惨事を起こすかもしれない……。恐怖に取りつかれた末の「家族の責任としての殺人」だった。両親は、我が子を殺さなくてはならなくなるまで、なぜ問題を放置していたのか。

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警察庁の発表によると、日本で起きている殺人事件は減少傾向である。しかし、親族間殺人の占める割合は、2013年以降、400件程度と変化がない。

殺害に至る動機として約半数を占めているのが、「憤怒」だという。家族という遠慮のない関係において、怒りは瞬間にして殺意に変わるのだ。

 

減ることのない家族間殺人の背景として、「家族の孤立」という問題が指摘されている。しかし、筆者の経験上、一定の社会的地位を有している家族の場合、社会との繋がりが完全に断たれていたわけではない。

むしろ、家庭内で異常事態が起きていることを周囲に悟られないように、無理をして仕事や近所との関係を続けていた家族も多いのだ。問題は、家族が家庭の悩みを吐き出せる場所がなかったことである。

現代の日本社会において、犯罪者を生む「不幸」の正体は、こうした目に見えない「生きづらさ」である。