『三国志』はなぜ、日中戦争の最中に大ブームになったのか

局アナが語る「三国志の日本史」⑥
箱崎 みどり プロフィール

敵国を知るために

なぜ、こんなにも一時期に集中して、『三国志演義』の再話が世に出たのでしょうか。第5回で触れたように、『通俗三國志』に代わる新しい「三国志」が求められたことは確かですが、日中戦争という時代背景も見逃すことはできません。

作者たちも、日中戦争を受けて、「三国志」を通して中国への理解を促すという役割を強く意識したことを語っています。

例えば、弓館は、第一書房の、その名もずばり「戰時體制版」の中で、『西遊記』『水滸傳』『三國志』と、代表的な中国古典小説の再話を担当していますが、『西遊記』の「はしがき」では、1931年の改造社版、1939年の「戰時體制版」双方で、その魅力を説いているだけで、戦時体制や中国理解は強調されていません。

さらに言えば、1949年に再刊された第二書房版『西遊記』の「はしがき」もほぼ同じ内容です。

しかし、1940年の『水滸傳』の「はしがき」では、元々のストーリーの面白さなどに加え、「支那事變以來われわれの耳に或は目に馴染の深い土地の名が隨所に」出てくるため一層興味が増すと書き、1941年の『三國志』では、「はしがき」に時局と著作を結び付ける姿勢が強く打ち出されるようになります。

まず、「三国志」の「幾多人物の間に行はれた物凄い鬪爭と、血の染むやうな權謀は、正に「支那の姿」その物」だと述べ、自らの興味はもとより、現在の日支関係に鑑みて「支那といふ國を知る助け」にすべく訳述に臨んだとし、その点において第一書房と考えが一致すると言います。

また、『水滸傳』同様地名によって興味が増すと述べ、「支那事變勃發以來、忠勇なる皇軍が奮戰した地名」と、より踏み込んだ表現になっています。

こうした弓館の著作における「はしがき」の変遷からは、同じ作者が同じように中国古典の再話をしても、時代が進み、戦争が長引くと同時に、中国理解を訴える比重が大きくなっていくことが分かります。

中国を知るための3冊

他の再話でも、中国理解を促すために、『三国志演義』再話を勧める例が多く見られます。

村上『三国志物語』の「序」では、中国人を知るのにてっとり早い方法はないとしつつも、固いものが厭なら、三国志演義と紅楼夢と水滸伝に眼を通せば良いと説きます。

「私が茲に『三国志演義』を臺本としての物語を書いたのも、日支の關係今日の如くになるに際して、斯かる方面からでも、同胞の中國人に就いての認識を深めたいと思ったからに外ならぬ。」と、時局を受け、中国人についての認識を深めるために本書を書いたと言います。

ここで、中国の人々を同胞と呼び、日本でそれほど知名度が高くない『紅楼夢』を挙げているのが、中国通の村上らしいところです。

吉川『三国志』の連載前の予告「次の新聞小説」では、新聞社、吉川、挿絵を担当した矢野橋村、それぞれが、中国理解の必要性を説き、「新東亜」建設時代に吉川『三国志』が書かれる意義を強調しています。

また、読者も中国に興味を持っていると考えているようで、吉川は「日本の総意の対象」という言葉で、中国理解の重要性は読者を含む日本全体の共通認識だとしています。

 

中国の何がわかるのか

子ども向けに書かれた野村『三国志物語』の「まへがき」でも、自著を通して中国を知るよう説いています。

まず、「支那では、昔から『天下は一人の天下にあらず、天下の天下なり』といはれる。いわばこれが建國の精神である。」と、中国の国家観や天下の捉え方を説明し、日本とは国体も主従関係も違うと続けます。

……武士でもいよいよ命が危くなると敵に降參して、今度は以前の味方を平氣でやつつける。これも忠義である。
かういうやうに、國體や國民性をはじめに頭に入れておかないと、日本と同じ忠といふ文字でもとんだ間違が起る。また、それがわかつてゐなければ、この物語の中であちらに降參し、こちらにして、ご都合次第で轉々と主君を變へて行く人々の氣持を理解することは出來ない。

中国と日本の違いと、『三国志演義』に描かれた中国と「現代の支那」が似ていることを丁寧に説明し、『三国志演義』を通した中国理解を訴えています。

ここで、野村は、日本と違う中国の価値観を非難したり、優劣をつけたりするのではなく、ありのままを“理解”しようとする姿勢を打ち出しています。

同時に、この國民性を是非とも現代の支那まで押しひろげて來ていろいろと考へてみたい。そこには非常にうなづけるものが澤山ある筈で、『三國志』が單に面白い讀物だといふだけでない價値もかういふところにある。

最後には、「三国志」と、当時の中国情勢を重ね、「三国志」を読む意義を強調。ただここでも、孔明は「忠義」の人として、例外的に、日本に近い尊敬すべき人物として扱われています。

このように、弓館『三国志』、村上『三国志物語』、吉川『三国志』、野村『三国志物語』の執筆には、中国の捉え方に差はあるものの、日中理解の一助にしたいという動機が共通して働いていたと言えるでしょう。