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祈りの場か、観光地か…ノートルダム大聖堂がいま直面する「難題」

この時代に「教会」とは何だろうか

集まらない寄付金

パリのノートルダム大聖堂の火災から2ヵ月が過ぎた6月15日、被災した大聖堂の中で初めてのミサが行われた。

30名ほどの聖職者が出席。白い式服に安全ヘルメットを装着していたのが印象的だ。

このミサは、ノートルダム大聖堂の復旧に向けた象徴的な第一歩であるが、同時にさまざまな問題が浮き彫りになってきた。

 

火災直後から大企業や富豪が競うように寄付を申し出て、その額が1000億円を超えたことは記憶に新しいだろう。

ルイ・ヴィトンやディオールを運営するLVMHグループは約250億円、グッチの親会社も100億円超の寄付をすると報道された。

ノートルダム大聖堂(筆者撮影)

環境問題や貧困問題など金を使うべき案件は他にもあるといった批判もあったが、全般的には好意的に受け止められていたように思われる。

しかし、実際には寄付金の集まりは悪いようだ。AFP通信の報道によれば、事故後2ヶ月たって支払われた寄付金は約10%(約97億円)であり、その多くは個々人による小口の寄付やアメリカからの寄付だという。

たしかに大きな金額だが、特殊技術を用いた長期間にわたる復旧作業にともなう予算としては十分ではないだろう。

一部では、寄付の申し出自体が売名行為や節税目的であったという見解もあるが、それほど単純ではない。

問題は何を目的に誰が主導して復旧するのかということ、つまりは、現代社会にとって教会という場をどのようにとらえるのかということとかかわっている。

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