今も残る人力の遮断機 JR鶴見線「有人踏切」と「踏切小屋」

鉄道の「記憶」往時の面影を訪ねて

“手回し”で遮断機を上げ下げ

大正15年に開通した線路の踏切脇に「踏切小屋」が立つ。撮影/LGR-P

京浜工業地帯を走るJR鶴見線の大川支線には、今も手動式で遮断機が上下する有人踏切がある。神奈川県川崎市の鋳鋼会社の正門前に設置された幅15mほどの踏切だ。

踏切脇には同社の守衛室に併設された「踏切小屋」が立つ。警手が小屋の中のハンドルを回すと、ワイヤで繋がった遮断機が上から降りてくる。人や車が鉄道敷地内にいないことを確認後、警手は白い旗を振って運転士に安全を知らせる。「昭和」を感じさせる懐かしい光景だ。

 

かつてよく見られた有人踏切の数は減少の一途を辿り、国交省でも「掌握していない」と言う。もっとも踏切の数はピーク時の昭和36年から半減し、今はJR・私鉄合わせて約3万3500ヵ所となっている。

警手は周囲に気を配りながらハンドルを回し、遮断機を上げ下げする。撮影/LGR-P
アクセス

JR鶴見線の安善(あんぜん)駅と大川駅の中間地点にある。乗客のほとんどが通勤客で、列車の運行は朝夕に限定されている

取材・文/飯田守

『週刊現代』2015年12月19日号より