2019.06.22
# 本 # 科学史 # AI

作家・池澤夏樹が語る「科学という信仰」の限界と可能性

科学は「楽しい」ものだからこそ…
伊藤 達也 プロフィール

科学がもたらす不安と興奮

――この一件を受けて、どうすれば事故を防げたのか、自動運転や安全な道路の設計など、科学技術に助けを求める議論も起こりましたね。

そこには結局、経済の問題が入り込んでくる。科学ができることは、「提案すること」だけなんです。科学者はコンサルタントで、科学に何かできないかと聞かれれば、自分の能力の範囲内で答えるだけ。それを世間が採用するかは別の問題です。しかしだからといって、そこに科学者の責任がなかったかといえば必ずしもそうは言えない。

例えば、アメリカ側が戦争だったんだからと原爆投下の言い訳をするように、科学者は「権力者に言われたから原爆を作った。けれど、落としたのは政治の問題だ」というでしょう。

そして、人類全体のことを考えれば、核軍縮に向かうはずなのに、実際には核兵器は拡散していった。時代は原子力の平和利用に進んでいったとはいえ、科学がもたらすこうした帰結について、科学者が無関心であってはいけないのではないかと思います。

 

僕個人で言えば、1999年の東海村臨界事故の際に、「人間には原子力は手に負えない」と提案はした。けれど、現実には2011年に原子力事故が起こった。「幸運にも」あの程度で済みましたが、このままこの問題から目をそらし続けていいわけがない。

――科学の功罪に触れる一方で、本書はAI論において『2001年宇宙の旅』を用いて「考える」ことと「思う」ことの違いを論じたり、『ファーブル昆虫記』などの様々な古典的な名著が読み解かれます。ガイドブック的な性格もあり、読んでいて飽きません。

原発の問題のように、社会と科学のあり方を問うのは大切なことです。とはいえ、他方で「科学は楽しいものだ」と僕は強調したい。

先日、子供向け科学絵本の『かがくのとも』の創刊50年を総括する本を読みました。あの本はよくできています。絵本『みんなうんち』のように、子供にとって身近なテーマを各論で取り上げながら、「科学とは何か」を楽しく論じている。僕が本書でやりたかったことに通じるなと思いましたね。

僕は70歳を超えました。僕らが子供の頃は宇宙の起源であるビッグバンも、プレートテクトニクスもなかった。こうした新たな学説が次々と唱えられた面白い50~60年を過ごせたと思います。

現代の進みすぎた科学に不安になる気持ちもありながらも、そんな科学の知的興奮も思い出せるエッセイを書いたつもりです。

(取材・文/伊藤達也)

関連記事

おすすめの記事