一代で巨万の富を築いた…いま「理系の大金持ち」がスゴすぎる

スクエニ、ユーグレナなどトップが語る
週刊現代 プロフィール

希望的観測を排除する

滝崎氏が指摘するように、文系の経営者は部下の好き嫌いで、事業を判断する傾向がある。時に周囲からは非情に見えようとも、数字を根拠にした経営センスが7年連続となる過去最高益を叩き出しているのである。

「世の中から見れば大金持ちなのでしょうが、滝崎さんは金持ちオーラがゼロの人でした。唯一、社長らしいことと言えば、会社に専用の駐車スペースがあったことくらい。

車は国産車で、出張でもファーストクラスやグリーン車は使いません。滝崎さんがよく言っていたのは、『商品を通して世の中を変えたい』ということ。その目標に向かって一人で考え抜いて経営にあたっているのです」(前出・立石氏)

経営者は孤独だ。自ら起業したオーナー社長ならなおさらだ。そんな心情を吐露するのは、ゲーム大手スクウェア・エニックス名誉会長の福嶋康博氏(71歳)である。

「'04年に55歳で代表を離れました。まだ若いのになぜ現役を退くのかと散々言われましたが、一言で言えば、事業をやっていても楽しくなかったからです。

私は20代から事業をやり続けてきました。最初に起業したのは公共住宅の空室情報を載せた情報誌で、次にゲーム会社、エニックスを設立。

上場まで果たしましたが、経営者として会社の3年後、5年後を考えると不安でしょうがなかったんです。

常に一番を目指していないと気が済まないので、気持ちの休まるときがない。それで、社長を辞めました。

今、AIや5G(次世代通信システム)など、時代は大きく変貌しているのに、この分野で世界の先端企業と戦える日本企業はほとんどないことを懸念しています。

1位を狙える分野はいくらでもあるし、大きなチャンスなのに、なぜ日本の企業が本気でやらないのか不思議で仕方ありません。もし僕が現役でいれば、全精力をつぎ込んで新しいビジネスをやっている。

だったらやればいいと思われるかもしれませんが、また一番を目指して常に気が休まらない生活に戻ることになる。それだけは絶対にイヤなんです」

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一代で世界的ゲーム会社を築き上げた福嶋氏の経営哲学は興味深い。徹底して未来予測を行い、「日本一」になる事業企画を考える、というのだ。

「大学は日本大学理工学部建築学科です。構造計算が専門でしたが、この分野で日本一になれるとも思いませんでした。

そこで公共住宅の情報誌を始めたんです。これなら先例がないから日本一になれると思ったし、結果的に日本一の売り上げにはなりました。

その後、'82年にゲーム会社、エニックスを立ち上げました。実は、そのとき、私はコンピュータゲームをしたことすらなかったのです。ただ、パソコンの将来性を体感し、将来は絶対に伸びると確信しました。確信したら行動は早いかもしれません。

パソコンゲームを作っていたら、任天堂がファミコンを出して100万台売れていると新聞で見た。パソコンゲームは数万本売れればヒットの世界。ファミコンのほうが有望だと思って、すぐに任天堂にゲームを作らせてほしいと提案しに行ったのです。

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