『ホモ・デウス』は現代人に生の意味を与える「宗教書」かもしれない

ベストセラー「深く知る」ための読み方
藤田 直哉 プロフィール

これらは、当然、人間観を変化させる。「生命の神秘」のような考え方や、「人間の情動こそが至高」と考えるロマン主義などは、説得力を失ってしまうはずだ。近代に確立した「人間至上主義」が価値や規範として説得力を失っていき、別の考え方の時代に移行しつつある。新しい時代のパラダイムは「データ至上主義」である

人間や生命がアルゴリズムそのものであるならば、コンピュータやインターネットやAIよりも、人間がより上位の存在であるべき根拠はない。従って、人権や平等などを重要なものと見做す「人間至上主義」である現在の価値観は崩れ、「データ至上主義」の時代が来る。AIの方が、人間よりも正しく判断できる事例が既に数多くあるので、人間の判断や意志、意識に高い価値を置く根拠も薄れていくのだ。

「不死と至福と神のような創造の力」を得るためには、「人間の脳の容量をはるかに超えた、途方もない量のデータを処理しなければならない」(下、p243)のであり、AIやデータの支援を受けながら「不死と至福と神のような創造の力」を得るようになる。世界の大金持ちたちは既にそのような研究に巨額を投じており、それを利用できる層と利用できない層に人類は分かれていく。

 

伊藤計劃『ハーモニー』との親和性

『ホモ・デウス』から連想されるSF作品はいくつもある。たとえばその一つが『ハーモニー』である。

『ハーモニー』は2009年に発表された伊藤計劃の遺作となったSF作品で、「生府」と呼ばれる統治権力が、WatchMeと呼ばれる医療装置で人々の健康や医療を監視し管理している世界を描くものだった。

その世界において、脳の中まで「生府」が管理することにより、人類は「意識」を消失し、意志決定をネットに委ねる調和の世界が誕生する。その世界は至福の世界なのである。ハラリの予測する「データ至上主義」の世界と極めて近い。

伊藤もまた、脳科学によってパラダイム変化を起こした人間観に則って『虐殺器官』や『ハーモニー』などの小説を書いている。インタビューで、彼は生理学者のリベット、認知神経科学者ガザニガなどの名前を出している(ガザニガは、ハラリも参照している。下巻、p117)

ベンジャミン・リベットは、有名な、人間の「意志」というものは本人がそれを自覚的に意識するよりも早く脳に発生していることを示唆する実験結果を残した人物である。つまり、意識は自由意志で何かを決定していると思い込んでいるが、それは錯覚で、既に脳は自動的に何かを決めているということだ。

これは「主体」「意識」「意志」などを前提とする近代の人間観を明らかに再考させるものであり、それを前提としている法律の制度などの正当性をも疑わせるものである。