この夏、『プリンシピア』が大復刊。近代科学の始まりをとくと見よ

四百年経っても色あせない名著中の名著
中野 猿人 プロフィール

こうして、この種の軌道運動についてのくわしい論議がなされたのち、軌道上での任意の時刻における物体の位置を見いだす方法が与えられている。これはケプレルの法則に従う諸惑星の運動の論究に対して十分なものである。しかし、ニュートンはこのような性質をもつ引力を、単に惑星に働くものとしての太陽や、月に働くものとしての地球だけがそなえているとは考えなかった。彼の運動の第 3 法則──作用反作用の法則──からすれば、すべての天体がたがいに引っぱり合うことは彼にとって明白であったし、宇宙間のすべての質点がたがいに引っぱり合うと考えるのが最も自然であった。

NEWTON英ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ内にあるニュートンのリンゴの木 Photo by PhotoAC

しかし、そうすると、ここに一つの面倒な問題が起こってくる。それは、すべての天体が必ずしも質点とはみなし難い場合が生ずることである(この問題は後章に至って見事に解決される)。さて、ニュートンはついで可動軌道上における物体の運動へと進み、サイクロイド振子の振動にふれ、3体問題や月の運動の不規則性について論じたのち、ふたたび本書におけるもう一つの基礎的原理である上記の問題の論究にはいる。すなわち、物質がその中心のまわりに対称的に分布しているならば、任意の球形物体は、その外部の任意の1点に対して、あたかもその球形物体の全質量が球の中心に凝集したと同じ力を及ぼすというのがその結論である。

この原理は彼が 1685年に発見したものであり、この発見によって、太陽や地球のような大きさのある物体に対して単に近似的にしか適用されないと考えていた引力の法則が、じつは正確に適用されることが明らかになったのである。球形でない物体の引力についてのいくつかの定理がこれに続いたのち、ニュートンの光の理論として知られるいわゆる粒子説についての論議がなされているが、これは今日では棄てられてしまった。

第II編では抵抗を及ぼす媒質内での物体の運動が論じられ、流体力学の諸問題、たとえば波や潮汐の問題、音響学における特殊の応用などが説かれている。ニュートンはまず、抵抗が速度に比例するものとして、次に速度の自乗に比例するものとして、最後に、一部は速度に、一部は速度の自乗に比例するものとして問題を取り扱った。これは航空力学における空気の抵抗についての近代の概念に著しい様式において先駆するものである。

ついで、ニュートンは流体一般の考察へと進み、重力の作用の下での流体の釣合について論じているが、これは天体の形状の研究に関連する極めて重要な題目になったものである。流体内における波動の研究がこれに続き、それから惑星運動の原因として当時流行していたデカルトの渦動論の検討へと進み、二、三の簡単な命題によってみごとにこれを否定した。

舞台はいまや最後の場面を迎え、太陽系内の諸現象が万有引力の法則によって再構成されようとする。これが第III編の主題である。その序論をなす「哲学における推理の規則」において、ニュートンは改めて自然研究上の基礎になる諸規則を述べているが、そこにニュートンの自然探究者としての立場がはっきりと示されている。

自然を記述する際における神の影響力の排除

中世紀を通じて多くの思想家たちは、地上の現象と天空の現象との間に、何らかの神秘的な原因を付加することによって、はっきりとした区別を設けていた。ニュートンはこの思想を最も力強く打破したのである。彼は言う。「自然の事物の原因としては、それらの諸現象を真にかつ十分に説明するもの以外のものを認めるべきではない。……ゆえに、同じ自然の結果に対しては、できるだけ同じ原因をあてがわなければならない。たとえば、人間における呼吸と獣類における呼吸、ヨーロッパにおける石の落下とアメリカにおける石の落下、台所の火の光と太陽の光、地球における光の反射と諸惑星における光の反射のように」と。

『プリンシピア』初版

こうして人間は、天にあるものは完全なもの、地にあるものは不完全なものとの永い間の信仰から解放され、すべての自然現象は合理的な因果律の同じ支配のもとにあることを知らされるのである。木星、土星、太陽および地球の重力を決定したうえでニュートンは、任意の二つの球体間の引力が、それらの質量の積に正比例し、それらの重心間の距離の自乗に逆比例することを証明し、ここに「万有引力の法則」 が普遍化され、確立されることになる。