『ブラタモリ』を学者たちが「奇跡の番組」と絶賛する理由

凄いのはタモリだけじゃない
尾方 隆幸 プロフィール

そのような徹底したやりとりを可能にするためには、余裕のある番組づくりが必須になる。制作班のスタッフは、とにかく現場を徹底的に歩いている。スタッフたちの靴を見ると、私たち地球科学者顔負けの、まさに晴耕雨読を地でいくような取材がなされていることがよくわかる。

私が制作班のスタッフに初めて会ったのは2015年の秋。たまたま計画されていた首里・那覇の野外巡検(大学の授業)の話をすると、彼らは同行を希望してきたのである。そのとき私は『ブラタモリ』の本気を知ることになり、協力するなら手を抜けないと腹をくくることになった。

 

ブラタモリセッションの講演中でも、林信太郎さん(秋田大学教授。「#81十和田湖・奥入瀬」に出演)はじめ、登壇者の誰もがスタッフのリサーチ能力を高く評価していた。制作班による学術的裏付けの作業は、私たち案内人とのやりとりだけではない。スタッフ自身も専門書や論文を読む必要があり、大変な労力がかかる。さらに、科学性を追求するためには、研究者への取材も、セカンド・オピニオンはもとより、サード・オピニオンくらいまで行うのが望ましい。「ブラタモリ」の学術的な正確さは、そのような地道な努力に支えられているのである。

テレビで科学を伝える難しさ

私たち研究者は、一般の方々にもそれぞれの専門知を伝える努力をしなければならない。それは「アウトリーチ」と呼ばれる。私は国立大学に勤めているが、本務である大学での教育も、ひとつのアウトリーチと見ることができる。大学の授業は、学生の反応をチェックしながら解説や会話を進められるため、あらゆる軌道修正が可能である。

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ところがテレビ番組には、基本的に視聴者の理解度をチェックする術がない。番組への意見募集や視聴率から読み取れる部分もあるとはいえ、教育現場などで行えるようなリアルタイムでのチェック作業は本質的に不可能である。

視聴者は、つまらなければチャンネルを切り替えるだけという、極めてシンプルな世界だ。特に『ブラタモリ』のように、ターゲットとする視聴者を限定しない番組の場合、国民全体の平均的な科学リテラシーに適応させるようなレベル設定が要求される。