2001年の同時多発テロをきっかけとし、住んでいたNYを拠点に世界の聖地を撮り続けてきた写真家の稲田美織さん。写真集『日月巡礼 出羽三山』からご紹介する写真の神秘は、思わず息をのむ。

出羽三山にいくようになったきっかけは親友でもある女優の原田美枝子さんの誘いだったというが、NYに住みながら「日本の聖地」を撮影するきっかけもなにかに導かれるようなものだったという。それはどういうことなのだろうか。

写真集『日月巡礼 出羽三山』のカバー。墨絵のようなこの景色が、稲田さんと出羽三山との初めての出会いだった 

「大切なことに出逢うから見逃さないで」

世界の聖地を撮影して5年が経った頃、私は、それらの写真を銀座で展示する機会を頂きました。ギャラリーの方と展示した後、一人で銀座の街を歩いていた時、とても不思議なことが起こりました。横を歩いていた若い女性に「あなたの後ろの方からメッセージがあります」と、突然声を掛けられたのです。

私は、印鑑や壺を売られたら困るなと思い、少しスピードを上げて歩いていると、彼女は、それまでの5年間で私に起こったことを語り始めたのです。それは、どれも本当のことだったので、私は思わず足を止めてしまいました。

女性は、「本来は道端でこういうことは言うべきではないかもしれないけど、あなたの後ろの方から強くお願いされたので伝えます。この2週間であなたの根幹に関わること、人類にとって大切なことに出逢うので、見逃さないように」と。私は、唖然とその場に立ち尽くしました。そして、その女性は「びっくりさせてごめんなさい、私の役目は果たしました」と、雑踏に消えていったのです。
 
その2週間後、ギャラリーに多くの方々がいらっしゃる中、神道にご縁のある早稲田大学大学院の教授が私のNYの親友から展覧会の案内をもらったと、会場に来てくださいました。そして「世界の聖地もいいですが、今年から伊勢神宮で式年遷宮という素晴らしいおまつりが始まります。あなたは日本人なのだから、それを撮影した方が良いですよ」と、勧めてくださった上に、展覧会が終わってすぐに、当時、神社本庁の国際課課長、現在は宗像大社の宮司に紹介いただき、その方によって私は伊勢神宮に導かれていったのです。

当時はNYに住んでいたため、8年先の遷宮まで撮影することは、不可能のように思えたのですが、なぜか、見えざる手に引かれて、私は日本に戻ることになったのです。