「男性の共感」は女性を救う

『いだてん』では、太ももをあらわにして日本記録を出した女学生は会議室で自分の父親ら男性たちから抗議される。しかし、金栗はこう言い放つのだ。「男が悪か! 女子にはなーんの非もなか! 女子が靴下ば履くのではなく、男が目隠しばしたらどぎゃんですか!」「あんたらがそぎゃんだけん、女子スポーツは何も普及せん! 日本記録出した娘を、なーし、ほめてやらん!」と。

太ももまで締め付ける靴下を履かないで走ったほうが機能的であるにも関わらず、露出が淫らだという理由で抗議されなくてはならない理由がわからないと男性たちに向かって反論してくれたのだ。

SNSでは、「男性の共感、代弁は大きな力になる」「異性に共感してもらうことの重要さを感じた」「男性が敵なわけじゃない。古く錆び付いた価値観が問題だということを教えてくれた」と女子学生以上に男性の金栗が叫んでくれたことへの賛美が多かった。

女性問題を語る上で、異性の共有や共感はとても大事なことだと私自身の感じている。ここ最近、緊急避妊薬のイベントなどに参加しているが、そこ参加する政治家の多くが女性だ。女性問題は女性でないとわからないという考え方もある。確かにわからない部分もある。しかし、女性に起きている問題を女性だけで語ってもそこに広がりは生まれない。

23歳の福田和子さんはある大学で性的同意や避妊の講演を行い、「わかりたいけどわからない」という男性たちの生の声も多く聞き、それをこの原稿にまとめてくれた。どちらかが善でどちらかが悪なのではない。お互いに意見を率直に言っていくことが大切だ 

過去の女性たちのバトンをどう繋ぐか

話を『いだてん』に戻そう。女子学生以上に反論し叫んだ金栗は、父兄の反感を買い、嘆願書で、解雇通達が出てしまう。それを聞いた女子学生たちは、「不当解雇反対」「女らしさを男性が決めるなら、女性が男らしさを決めるべき!」と教室を占拠し籠城する。

最終的には、女子の体力が男性よりも劣ってないことを証明するという意味から、訴えた父親と娘の女子学生は100mで勝負することとなる。圧倒的な強さで女子学生が勝つが、それを認めない父親は6回も「もう1回!」と勝負を挑むが惨敗。倒れる父に「みっともないから立って」と手を差し出し、振り返り同胞の女学生たちに満面の微笑みを浮かべる。このシーンで、私の涙腺は崩壊した。

この出来事は史実ではないだろう。でも、大正時代の彼女たちはこうやってひとつひとつ古い価値観と戦ってきたことは事実だ。今では私たちが何でもないようにできるスポーツも、好きな服を着ることも、自分がやりたいと思うことを自由にできるという権利も。そのひとつひとつの努力のつながりの先に私たちがいるのだな、と思ったら、なんだか涙が止まらなかった。私たちは次世代のために、きちんとバトンを受け取っているだろうか? 受け取らねばならないと思わされるシーンだった。

他にも、自分の夢の途中で妊娠してしまう女性、スポーツ万能だが化物みたいと長身を冷やかされ生きにくさを感じる女性(人見絹枝がモデル)、歴史に名を残す人ばかりではないが、ひとりひとりの人物の気持ちを丁寧に描いている。この宮藤官九郎の姿勢に、「クドカンさん闘っているよね」「今の世の中にもメッセージ送っていると思う」という声は多い。

次回で金栗時代は終わり、東京オリンピックへと時代は変わる。物語の進む中で、どんな風に戦後の女性たちを描いてくれるのかも、楽しみで仕方がない。