タンカー攻撃事件で安倍首相イラン訪問の「評価」は変わるか

成功・失敗を判断するいくつかの視点
篠田 英朗 プロフィール

アメリカは体制転覆を狙う意図を持っていないというトランプ大統領のメッセージが、安倍首相を通じてイラン側に伝達された。

ハメネイ師は、アメリカは体制転覆の意図を持っていないのではなく、体制転覆を引き起こす能力を持っていないだけだ、と喝破したという。

あまり生産的ではないやりとりではあが、それでも武力衝突を避けて事態の進展を管理する方向につながるのなら、意味のないやり取りでもない。

だがタンカー攻撃事件を含めて評価を行うとしたら、どうだろう。タンカー攻撃が、トランプ大統領の意思を伝達しに来た安倍首相に対して、イラン政府に関係した勢力が反発した結果によるものだったとしたら、どうだろう。

安倍首相の善意は、むしろ地域の不安定化を促したことになる。そもそもイラン側に、事態を悪化させないで管理する意思が欠けていることだけを鮮明にする結果をもたらしたことになる。地域の不安定化を誘引したのであれば、否定的な評価をせざるを得ない。

トランプ大統領からは、安倍首相の努力に対する謝辞が表明されている。アメリカ政府内の強硬派にとって、安倍首相の努力が歓迎すべきものであったかどうかは、不明だ。

しかし日米同盟の安定的な維持を国益の中枢とする日本の観点からは、安倍首相に肯定的な評価をすることは可能だろう。

問題は中東諸国である。イラン政府は、安倍首相を丁重に迎えたように見える。イラン側が日本に不信感を抱くようになったという形跡は、外交面では必ずしも見ることができない。

安倍首相は、伝達役に徹したようなので、踏み込みすぎてかえって失点をする、という場面があったようには見えない。イランが日本をよく信頼するようになったとは言えないまでも、日本に対する不信感が大きく強まったとまでも言えないように見える。

もっとも、さすがにイスラム革命40周年を祝福するといったリップサービスをするわけにはいかないまでも、イラン訪問時にはネクタイを外す、くらいの配慮があってもよかったのではないか。ハメネイ師と、ネクタイをつけたまま会談をする姿は、違和感を覚えさせるものだった(参照「ネクタイは『イラン文化と相反する』、イラン関税当局が輸入禁止を検討」)。 

ハメネイ師と安倍首相の会談〔PHOTO〕gettyimages

イラン国内の強硬派が、安倍首相を好意的に見ていたはずがないのも確かである。イスラム革命から40年をへて、反米的な思想は、イラン社会の隅々にまで浸透している。中東では初等教育時から広島・長崎の原爆投下の残虐性が教育されている。

筆者が初めてイランを訪問したのは、1991年湾岸戦争直後に、イラン領内に逃れたクルド難民支援をしているNGOに携わるボランティアとしてであったが、「日本は、次はいつアメリカと戦うんだ、次回は事前にイランにも教えてくれよ」と事あるごとにイラン人に言われるのに閉口した。

今日のイランでそのような日本に対する「美しい」誤解をしてくれる人は減ったと思われるが、安倍首相の訪問で、さらにいっそうアメリカの同盟国としての日本のイメージが高まったことは確かだろう。

タンカー攻撃事件が、そのような流れの中で発生したものだったとすれば、安倍外交に対してイランから発せられた「警告」を日本がどう受け止めるかが、問われていくことになる。