「韓国人や在日はNHK受信料を全員免除」というデマに思うこと

ある日の、父と母と私の話
金村 詩恩 プロフィール

北朝鮮“帰国事業”ドキュメンタリー

ある夜、いつものようにチャンネルをNHKに回す。

しかし、このときはただドキュメンタリーを観たいと思っていたわけではなかった。

「水道がないんです。3階でしたけど水道もないし、便所もない。家に。公衆便所があったんですけどね。もう、汚くて」

1962年に「帰国」したというパーマのかかった白髪の女性が語る映像が流れる。このとき観ていたのは『ETV特集「北朝鮮“帰国事業”60年後の証言」というドキュメンタリーだった。

わたしは文字でしか知らないあのひとたちを思うためにテレビの前にいた。

 

帰国事業を盛んで日韓親善よりも日朝親善が語られていたころ、父方の祖父は商売に失敗したせいもあり、困窮した生活を送っていた。

困り果てた彼は当時、「地上の楽園」と言われていた北朝鮮へ行けばどうにかなるだろうと思い立ち、すでに結婚していた祖母や伯父たちとともに帰国する準備をしていた。

同じ時期、「3人兄弟の中でもっとも堅実」と言われていた祖父の弟も差別の多い日本で暮らすよりもと妻子とともに帰国の準備を進めていた。

お互いにそのことを知った彼と弟は行動をともにして、いっしょに帰ろうとしたけれども、弟家族に届いた万景峰号のチケットは祖父の一家よりも1日早く出発する予定のもので、同じ日に地元のひとびとから送別会を開いてもらったが、弟家族だけが一足先に旅立ってしまった。

その夜、弟につづこうと明日を待っていた祖父のもとに帰国事業に反対するひとたちがやってきて、日本に留まるよう説得した。彼はなにを考えたのか、説得に応じて、祖父家族はそのまま日本に留まった。

これが永遠の別れになった。