なぜ出生前診断専門医になったのか

夫さんは、産婦人科医になってまもなく胎児の発達に強い関心を持ち、胎児超音波検査で国際的に高い評価を得た非常にユニークな経歴を持つ産婦人科医である。2006年、当時住んでいた香川県に日本初の出生前診断専門クリニックを立ち上げた。

そして翌年、交通アクセスの良い大阪の繁華街にあるビルに場を移すと、当時は国内に実施できる施設はほかにどこもなかった欧米流の出生前診断に本格的に取り組み始めた。目指したものは、日本の女性にも、世界標準の出生前診断を提供すること

出生前診断は、ほかの先進国と日本ではかなり違う。日本は、他の先進国に比べて受けられる出生前診断の種類が少ないのだ。1970年代に羊水検査が上陸して以来、出生前診断は障害がある人の人権を脅かすものとされ、タブー視されてきたからだ。医師も検査会社も、絶えず「倫理的に問題だ」と言われている胎児の検査には消極的で、新しい検査が海外でできても、積極的に国内で開始しようとする専門家はほとんど出ないまま歳月が流れた。

しかし海外のアカデミック・シーンで学んできた夫さんは、他の先進国の女性たちが選ぶことができる検査が、日本の女性たちには知らされてもいないことに大きな疑問をいだいてきた。「妊婦と赤ちゃんは、その犠牲になっていないか?」という疑問である。

新しい出生前診断を次々に取り入れている国は、カウンセリングの体制、胎児治療も進んでいた

「海外の状況を知る者にとっては、日本の状態はまるで鎖国」と夫さんは言う。言ってみれば、クリニックを開設したその時、夫さんは、日本の出生前診断シーンに一艘の黒船を浮かべたのだった。

日本以外の先進国で
普通に行われている検査

夫さんが実施している出生前診断は、ひとことでいえば、日本以外の先進国で普通に行われている検査だ。見つけられる病気の数は膨大で、しかも早くわかる

妊娠初期にここへやってきた人は、妊娠初期の胎児ドックを、まず受ける。「NT(Nuchal Translucency:後頚部浮腫)」と呼ばれる後頚部のむくみのミリ数と、細かい超音波所見や年齢などからダウン症、18トリソミー、13トリソミーの可能性が算出されるが、NTとPAPP-A、 free βhCGというたんぱく質を調べる血液検査を合わせた「組み合わせ検査」を行う人もいる。

胎児ドックの所見もしくは組み合わせ検査から遺伝性疾患が疑われた場合、次に絨毛検査、羊水検査などの確定検査に進む。そこで陽性という結果が出たら、産むことをあきらめる人もいる。夫さんは、クリニックの遺伝カウンセラーや臨床心理士たちと共にじっくりと検査後のカウンセリングをおこない、その過程にある葛藤を共に悩んできた。

夫さんは言う。

「たとえ最終結論が中絶ということになったとしても、そこへ行くまでに、赤ちゃんの命を大切に思って、出来る限りのことを知りたいと思うお母さんがここにやってきます。そして、まず、超音波で赤ちゃんを見る。そして今の状況を知って、もし、この子を産むとなったら治療はあるのか、社会生活は可能なのかといった見通しをとじっくり聞いて話せる場がなければ、赤ちゃんとちゃんと向き合えないじゃないですか。そういう必死なお母さんたちのために、私は、最高の検査をして、情報提供をしていきたいんですよ」