仕事ができることが救いだった

しかし、そんな状況下で、矢方さんが希望を見出せたのは、仕事のことだった。

「病気がわかったとき、定期的に出演しているラジオや、新しく始まるお仕事も断らなければならないのかなと思って。そのことが一番つらかったんです。手術前に先生に、芸能のお仕事をしていることを伝えて、どれくらい休むことになるのか相談したら、“仕事をしながら治療をされている方がたくさんいらっしゃいますよ、どんどん仕事してください”、と言われて、え? 仕事していいんですか? とびっくりして。その言葉が治療中には希望の光になりましたね」

実際、抗がん剤などの化学療法の副作用をより安全で楽になるようにコントロールする医療も進歩しており、ステージに関わらずがんの治療と仕事を両立する人は増えている

「周りから、“今は無理しなくていい”“休みなさい”と言われましたが、私にとって仕事が唯一、前を向いているということ生きる励みでした。あのとき、仕事を休んでいたら逆に私は今のように活動できていなかったかもしれませんね。治療をしながら、今までと変わらないライフスタイルを送れたことで、ストレスを感じずにすみました」

がんの罹患者のなかには、病気の進行や死のこと以上に、“がんになったことで、これまでと同じような生活ができなくなることへの恐怖”を感じる人が多い。矢方さんは治療をしながら芸能活動を続け、自分のがんの状況を伝えようと、手術後に事務所のサイトや自身のブログで公表した。それがきっかけとなり、NHK名古屋で「#乳がんダイアリー 矢方美紀」という番組が始まり、番組のウェブサイトでも動画で近況を配信し始めたところ、多くの共感や励ましの声が届くようになった。

「ただ、術後にステージⅢAと伝えたときは、“ (命は)大丈夫なの?”と周りの空気が変わりましたね。先生からは余命の話どころか暗い雰囲気もないので、私自身は変わらず、治療をすれば大丈夫と思っていたので、なぜ世の中とこんなにズレがあるんだろうとすごく思いました」

がん患者は、「かわいそう」な存在なのか!?

反響が増えるとともに、世間と自分との感覚のズレをさらに感じることが多くなったという。

「私はいつも通りに仕事をしているだけなのに、“(がん患者なのに)仕事をして偉いね”と褒められて戸惑ったり。明るく振舞うと“無理している”“強がっている”と取る人がいることも知りました」。

撮影/村田克己

さまざまな考え方があることは分かっていても、そういった言葉に心は少しずつ傷ついていく。なかでも、「がんになって、かわいそう」と言われることに違和感は大きかったという。特に、矢方さんのように、これから結婚や出産、仕事といった人生の大きなライフイベントをいくつも控える若年性(AYA世代とよばれる15歳~39歳)のがん患者に、「かわいそう」という言葉はよく向けられる。

「病気を公表してから、“かわいそうだね”“つらいんでしょ”と言われることはやはり多いですね。でも私自身は、がんを治すという目標に向かっているだけで、病気になった自分や胸がなくなったことを、かわいそうとは、まったく思っていないんですよ。なのでそう思われるのはすごくすごく悲しい。でも、この想いもこういった立場になって初めてわかった感情です。この経験から、誰かに大変なことが起こったとき、私はかわいそうと思うより、自分がその立場になったらどう対処できるのか、ということを考えようと思うようになりました」。

確かにがんになると、深く落ち込むことが何度もある。私自身も乳がんサバイバーで同じ感情を味わった。しかし、ただずっとそこに留まっているわけではない。打ちのめされた後、受け入れて立ち上がり、目の前の人生を以前よりも大切に歩き始める。これを何度も繰り返す。治療と向き合う中で大変なことや手助けがほしいことはあっても、自分が「かわいそう」という感覚はない。それなのに、そう言われてびっくりした、という声は患者の集まりでも非常に多く聞く。がん患者はずっと落ち込んでいるという、世間の思い込みは根強いのが残念だ。