著名人が自らのがんを世間に公表するケースが増え、ひと昔前に比べて「がん」は身近な病気になってきた。確かにがんで亡くなる人はいるけれど、治る人や治療を続けながらずっと人生を歩む人が増えているのが現状だ。

そうであっても当事者と世間のがんに対する感覚のズレは、なかなか狭まらない。とくに若い年齢でがんになる人は少数派で、そのぶん戸惑いは多いだろう。元SKE48の矢方美紀さんもその一人だ。

矢方さんは、NHKで放送された番組「#乳がんダイアリー 矢方美紀」や自撮り動画の日記をもとに、当時を振り返りながら今の気持ちをまとめた著書『きっと大丈夫。~私の乳がんダイアリー~』(双葉社)を刊行している。そこには発覚した時のことからはじまり、治療のこと、家族や友人のこと、仕事のこと、未来のことが綴られている。

誰にとっても「自分事」となってきたがんとの「感覚のズレ」を狭めるためにも、自身も乳がんサバイバーでがんの取材も多く手がける美容ジャーナリストの山崎多賀子さんが、矢方さんに周囲との関係で辛かったこと、嬉しかったことを率直に聞いた。

撮影/村田克己 
矢方美紀(やかた・みき)1992年大分県生まれ。アイドルグループ・SKE48のメンバーとしてデビュー。「チームS」のリーダーを務めた後、2017年2月に卒業。ZIP-FM「SCK-サブカルキングダムー」のアシスタントのほか、テレビ番組やイベントでリポーターやナレーターとして活躍。現在は、自身の夢だった声優にも挑戦中。その他、自身の経験をもとにした講演や番組出演など、幅広く活躍している。5月2日にはNHK名古屋放送が追い続けた1年間のドキュメンタリー「26歳の乳がんダイアリー 矢方美紀」は放送された。初の著書『きっと大丈夫。 ~私の乳がんダイアリー』では、乳がんと聞いた時のことから治療のこと、そして現在に至るまで率直に綴るとともに、検診や病院選び、アピアランスサポートなどについても詳しく説明している。

20代で“死”なんて関係ないと思っていた

元SKE48の矢方美紀さんは2018年1月、25歳で乳がんの告知を受けた。若くして乳がんになった小林麻央さんの報道をテレビで見たことをきっかけに、セルフチェックで左胸にしこりを見つけた。

「ポコッとした1cmくらいのしこりで、触っても痛くないので、最初は乳がんではないと思いました。がんは、痛くてつらいというイメージがあったので」
あくまでも、“念のため”と思い、クリニックを受診したところ、ステージⅠの早期の乳がんと診断された。

「もしかしたらと思っていても、告知されたときはつらかったです。でも、先生に想像していたような深刻な雰囲気はなく、大丈夫、大丈夫と言ってくれたので、治療すれば大丈夫だと思い直しました。それでも5年生存率95%以上という数字を見ると、残りの方は亡くなっているのだから、自分がその数パーセントに当てはまったらどうしようという思いはありました」

がんのステージ(病期)ごとに示される5年生存率は、病状を把握するひとつの手がかりになるが、“生存率”という言葉が自分に向けられること自体とても重苦しく、どうか生存するほうに入りますように、と祈ることしかできない。

ところが最初の見立てのステージは、手術前の精密検査の結果でⅡBへ、術後の病理結果ではⅢAとより深刻度は増していった。

「ⅢAと告げられたときは、こんなことがあるのかと、さすがにショックでした。よっぽどのことがない限り、20代で死なないだろうなと思っていましたが、そうではないんだなと」

しこりを見つけてからは、「いつまで生きられるんだろう」「乳房を失うなんて」「将来、恋愛や結婚、出産はできるの?」「仕事はどうなるの?」――ネガティブに考えないようにしようと思っても、次々に襲いくる不安や悩みを一人で抱えては泣いていたこともあったという。