2019.06.21
# 宗教 # ライフ # 格差・貧困

「人も宗教も頼りにならない」ニューハーフ僧侶が目指す救いとは

「半端者」だからできることがある
安宿 緑 プロフィール

「半端者」だからできることがある

このように社会の枠組みから外れ、生きづらさを抱えてやってくる人々に徹底的に寄り添い、歩み寄る上でかとうが是とするのは、ニューハーフという「半端者」としての自身の属性なのだという。

発達障害など、何にでも障害を設けて“区別”する昨今の流れは多様性を認めているようで認めていないように思えます。昔は少しダメな人がいても、みんなで助けてやってた。中には、お経が読めないような子もいる。そんな子たちが救いを求めてくる中、自分だけ女として幸せになるなんて、そんな無責任なことはないと思うのです」

 

かとうは自身を、「閻魔大王みたいなもん」という。インドの創世神話「リグ・ヴェーダ」において閻魔大王は、この世界で初めて死んだ人間であるが死後に仏とならず、この世と死界のはざまに鎮座し、それぞれの魂にとって最適な道を指し示す。
かとうも聖職者と俗物、男と女の間に立ち、悩める人々の道しるべとならんとしている。

〔PHOTO〕岡田康且

「仏教において、魂が向かう先は天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の六道がある。どんな魂でも尊いが、種類が違うだけ。この世でも同じで、その人に合った道というものがあり、外れそうであれば強く諭すべきときもあるでしょう。どのような魂にも寄り添い歩み寄るため、私は閻魔大王のような中間の存在でいたいのです

かとうれいという一人の女性としての幸せを手に入れるのは、僧侶としての役目を終えた時。それがいつの日になるかは、神仏のみが知るのだろうか。

関連記事