〔PHOTO〕岡田康且

「人も宗教も頼りにならない」ニューハーフ僧侶が目指す救いとは

「半端者」だからできることがある
僧侶であるかとうれいがニューハーフとなり、AV女優となるまでの経緯を辿った前回。引き続き、自ら「破戒僧」の道を選んだかとうに、信仰心の薄れつつある現代人にとっての救いとは何か聞いた。
 

経を唱えても、救われない

両親から壮絶な虐待とネグレクトを受け、近所の大人からも見捨てられていたかとう。祖父母に引き取られ5歳で仏門に入ってからは、仏様ならこの孤独をわかってくれる、いつか救ってくださるーーそう信じ修行に励んだ。

しかし、仏教書をいくら読んでも、経を唱えても救われることはなかった。救世主はいつまでたっても現れなかった。そんなかとうに救われる瞬間が訪れたのは、僧侶として人々の悩みを聞く立場になってからだった。

「相談者に寄り添ううちに、『これや』と気がついたんです。バラバラだった私の子供時代の、パズルのピースがすべて揃ったような感覚がしました

かとうは悩める人々の姿に、救われたいと願い続けていた過去の自分を見出した。過去の自分を救ったのは、未来であり今の自分自身だった。その日から、人に寄り添うことは使命となったという。

〔PHOTO〕岡田康且

それにしても、なぜギャル系の格好なのか。

「自分の顔の骨格にはギャル系の濃いメイクしか似合わなかったから」と冗談っぽく言ったあとで、かとうはもう一つの理由について語った。

「ギャル系の格好をしていると、心に隙間かかえた小・中学生が心を開いてくれやすいんです。坊さんには気安く相談できなくても、ギャルの姉ちゃんなら友達目線で悩みを打ち明けてくれるでしょう。買い物に付いてきてと言われることもありますね」

袈裟とはもともと糞尿を拭いた布で作られた、貧しい人々に寄り添う服だった。「このギャル服こそ、自分の袈裟なんです」とかとうは言う。