外国籍・ゲイ・HIVの「三重マイノリティ」男性が見た日本の不条理

在留特別許可「画期的判断」のその後
崎山 敏也 プロフィール

過酷な「仮放免」の日々

警察署と入国管理局では、HIV陽性者であることを伝えました。それぞれが医師に診察を依頼し、用意された薬が合わないこともありましたが、一応の対応はしてもらえました。ですが、今後のことに関しては「台湾に帰りなさい」と言われるだけ。

 Gさんは「いま、在留特別許可を得るための準備を、弁護士さんたちと進めているんです」と必死で訴えて、およそ1ヵ月後、仮放免となりました。

LGBT支援に携わる弁護士に、在日外国人支援にかかわる弁護士も加わって弁護団を結成し、国を提訴したのはそれから8ヵ月後、2017年3月のこと。私が知人からGさんのことを教わり、支援に加わったのもこのころでした。

在留外国人の仮放免は、本当に過酷です。

 

私もこれまで、埼玉県に多く住むトルコからやってきたクルド民族の人々や、群馬県館林市に多く住むミャンマーの少数民族、さらに最近では迫害から逃れ、バングラデシュへの流入がニュースになっているロヒンギャ民族の人たちを取材してきました。クルド人のほとんどは難民として認められず、長期の仮放免状態。ロヒンギャ民族は最近認められるようになりましたが、以前は経済的にも精神的にも苦しい状況におかれていました。

千葉市在住のGさんと、都内・新宿二丁目の店で開かれた支援集会で初めて会った時、筆者はこう言われました。

「僕は、いちいち入国管理局の許可を得なければ、ここへ自由に来ることもできないんです」

私はこれまでの取材を通じて、仮放免の人がいかに大変か、一応は知っているつもりでした。でも、その言葉を聞いた時、GさんのつらさはGさんから聞くしかないと痛感したのです。

Gさんの年上のパートナーは、すでに人生の折り返し地点を過ぎ、健康状態もあって、生活は貯金とGさんの収入が支えていました。

しかし、Gさんは働けなくなり、新しい服も買えない状況になってしまいました。Gさんが出頭の準備をしていた大事な時に、パートナーは新宿の街をフラフラしていて、逮捕された直後の面会で怒ったこともあったそうです。

貯金は今にも底をつきそうで、このままでは裁判どころではないーー筆者も集会に参加してカンパを募ったり、後にはクラウドファンディングも実施されました。そうした支援集会で、Gさんは日本のLGBT関連の団体やグループに初めて出会ったのです。

そのとき筆者が見たのは、出席者の一人一人に丁寧に自己紹介し、相手の名前をすぐに覚えるよう心がけるGさんの姿でした。自分の苦境を訴えながらも、同時に何度も頭を下げる姿に、Gさんが「周りの人に迷惑をかけている」という思いを強く抱いているようにも見えました。

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