「ずる賢い」人がトクする世の中、ルソーならどう考える?

苫野先生と「ずる賢さ」について考える
石井 徹 プロフィール

ルソーが著書から伝えたいこと

石井の質問:ルソーは『エミール』と『社会契約論』を同時期に出版していますよね。『エミール』では『エミールまたは教育について』の原題通り、主人公エミールの物語を通じて子どもの本性を尊重した自由な教育論を展開し、『社会契約論』では自由意思に基づいた理想的な国家形態を主張しています。

 

ここでどうも私は『エミール』に書かれているような子供の教育によって、自立した社会を担う自由な人間を育み、そうして育った子どもが『社会契約論』で論じている共同体の「一般意思」に貢献することを期待していたのではないか、つまりいい子を育てて社会全体を良くしようとルソーは言いたいのかと思ったのですが、このような理解でいいのでしょうか?

苫野先生の答え:そうですね。『エミール』と『社会契約論』は、おっしゃる通りセットにして理解する必要があると思います。

そして実際、教育を通して「一般意思」に基づく社会づくりをしていこうという構えはあるだろうと思います。「いい子」を育てるというよりは、「自由な市民」を育てるという感じですね。

要するに、この社会は対等に自由な市民同士で作りあうべきものであり、それゆえ教育もまた、平たくいうと、自分の頭で考えられる自由な市民を育てなければならないのだという、そういうことかと思います。

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