こうしてみてくると、虐待を行なった母親たちの発言と行動はまるで「型」があるかのように相似形である。

子どもへの虐待を行う母親の多くは夫からのDVを受けている。その背景には妻の夫、もしくはパートナーに対して「依存しなければ生きられない」事情がある。

経済的理由等、差し迫った現実的な事情もあるだろうが、一方で自分や子どもに危害を与えることがわかっていても離れられないのは、夫の中に自分と共通する境遇を見つけ、それゆえの愛着感情、執着があるからかもしれない。

夫はそれがわかっているからこそ、圧倒的優位に立った上で暴力的支配を行おうとする。

母親は攻撃されればされるほど、恐怖を抱く相手と同一になろうとする。相手と同じになることで、さらなる攻撃に対する不安が払拭され、自分も力を持てるからだ。

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「しつけ」と「虐待」の混同

「私はたたかれて育った。これはしつけや」

2001年尼崎で起こり、両親に懲役8年の実刑判決が確定した児童虐待死事件の母親の言葉である。夫やパートナーの子どもへの暴力を見ながらも、自らの幼児期の体験を重ね合わせて加担の根拠とする。

暴力を「しつけ」と置き換えるのは、親も幼児期に虐待されていたものの、それを認められずあくまで「しつけ」だったと記憶を変換させたり、妊娠、出産に至るまでの人生の過程で「社会から排除されている」「正当な評価を得ていない」と認識している母親ほど、子育てを通じて挽回を図ろうという焦りも含めて「しつけ」に込められた思いは複雑なものとなる。

一方で男親の方を見ても、子の手首に包丁を当てた父親も、スタンガンを当てた父親も無職。他の事件の父親も転職を繰り返すなど、安定的な生活を自ら築くことができていない状況が過剰な「しつけ」と称した虐待に至る背景にある。

「私はたたかれて育った」というのは、子供心に自分がたたかれることに対して何らかの理由と正当性があると思わされて育ってきた「私」に対して、今頃「暴力だ」「虐待だ」と言われてもそれは「私」の責任じゃない。

「私」がたたかれていたその時に親を止め、親を諭してくれるのならまだしも、誰も何もしてくれなかったではないか。

たたかれる対象の子どもと自分を同一視しながら、たたく側の親と自分を同一視しながら、「たたかれて育った」からこそ今の私が存在するとしながらも、本当は辛い過去だ。そこから「私」を救うのはこの言葉しかなかったのかもしれない。

ただ、虐待された子どもが親になって、今度は子に虐待するようになるといったような連鎖は、その後の教育や体験によって止められるものである。だからこそ、まず親を「暴力」と「しつけ」の混同から解かなければならない。