「俺を金の亡者だと思うか?」証券マンが垣間見た、異形の投資家の影

東京マネー戦記【14】2009年初夏
森 将人 プロフィール

ぼくは篠塚が勧めてくれたフレンチの店をメールで送ると、笹井の返事を待った。返事が来たのは翌日のことだった。

「あの店は悪くないね」

短いが、笹井の性格が表れていた。日程は翌週でもいいという。おそらくほかのアポイントをずらすのだろう。業者が相手なら何でもないことだ。

 

「今日は取引はなしだ」

「今日はありがとうございます」

用意された個室に笹井が入ってくると、ぼくは立ち上がって頭を下げた。すでに店内は満席なのか、にぎやかな話し声がドアの向こうから伝わってきた。

「何に対するお礼かな」

「会食の機会をいただけたことです。今日は参加できないんですが、部長の篠塚もよろしく伝えて欲しいとのことでした」

「君の上司はどうでもいいよ。俺にとっては、君が会社の代表だ。ディーラーと直接話すほうが、話が早い。ようやくスタート台に立ってくれたことに、俺も安心したよ」

笹井はナプキンを膝に広げると、メニューを手にした。

「今後は今まで以上に、深いおつき合いができればと思ってます」

「それはこれからだね。まずはディールを積み上げていくしかない。そのためにはどうすればいいか、考えたうえで来たんだろ?」

笹井はぼくの返事を待たずに、店員に声をかけた。ワインリストは、ピアノの教則本のような厚みがあった。そのなかから適当に選ぶと、店員に示した。

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「まあ、今日はその度胸を買って、俺からのご馳走にしよう」

「えっ?」

「いいんだよ。今まで君とゆっくり話す機会もなかったからな。その代わり、取引をしようという考えも今日はなしだ。そうしないと、君という人間が理解できないまま終わってしまうかもしれない」

「よろしいんですか?」

「はじめて食事をする相手には、いつもそうするようにしてるんだ」

ぼくは予想外の展開にうなずくと、笹井の話に耳を傾けた。