「俺を金の亡者だと思うか?」証券マンが垣間見た、異形の投資家の影

東京マネー戦記【14】2009年初夏
森 将人 プロフィール

派手な噂

笹井に関する噂は絶えなかった。

一部の業者とのつき合いが深く、過剰な接待を受けているという。たしかに、生活は派手だった。成城学園前にある高級マンションに住み、外車を乗り回す姿は、生保の運用担当者とは思えなかった。

趣味はヨットで、自分の船も持っていた。毎週のようにマーケット関係者を連れて湘南に通い、別荘代わりにマンションを保有しているという。妻と共働きで子どものいない生活だが、金遣いは通常のサラリーマンをはるかに超えていた。

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一度だけ、顧客との宴席の後で笹井を見かけたことがある。梶田という、別の生命保険会社の運用担当者と飲みに行ったときのことだ。赤坂にある安い居酒屋チェーン店だった。ぼくには宴席の予算もなかったので、自腹で行くには行きやすい店だった。

「あれ、笹井さんじゃないかな」

店を出ると、梶田が笹井に気づいた。はす向かいのすし屋の前で、スーツ姿の男たちと談笑している。スーツを肩にかけるオールバックの髪型は、たしかに笹井だった。

「接待ですかね?」

「そうだろうな。いいよね、いい店ばかり行けて。これは別に皮肉じゃないぜ」

笹井と一緒にいるのは、外資系の証券会社のようだった。梶田は悪気なさそうに笑うと、駅に向かって歩き出した。

 

「すみませんね、安い店ばっかりで」

「こっちのほうがくつろげるからいいんだけどさ。彼は大丈夫かね、毎晩あんなに派手にやって。会社も知らないはずないけどな」

「毎日なんですか?」

「この業界で知らない人はいないよ。キャバクラを貸し切りにしてくれたら、全額オーダーを出すっていったこともあるんだろ。経費に余裕のある証券会社は使うしかないよ。会社が金さえ払えば取引してもらえて、ボーナスで返ってくるんだから。日本に進出したばかりの外資系証券にとっては、安いもんだ」

「飲食以外もですか?」

「これは噂に過ぎないけど、マンションも車も業者に買わせたらしいよ。別荘もヨットも怪しいもんだぜ。よっぽどの資産家じゃない限り、生命保険会社の係長で買えるようなもんじゃない。俺がいうんだから間違いないよ」

「そうですか」

「むしろ、そんなことも知らないで、君は大丈夫なの?」

「うちはほとんど取引がないですから」

「ないっていうか、取れないんでしょ。まあ、そのほうが賢明だよ。ある証券会社の担当者なんて、いくら稼いでもどんどん彼の接待で消えていくらしいよ。会社も全部払ってくれるわけじゃないから、仕方ないだろうな。俺もたまには、うまい寿司でも食ってみたいよ」

梶田を駅まで見送ると、ぼくはもう一度笹井が出てきたすし屋を覗いてみた。いかにも高そうな店構えだ。3人で10万円近くするだろうか。あの雰囲気からすると、今頃は2軒目で飲み直しているはずだ。

ぼくはバカらしいと思う一方で、一人取り残されていくような悔しさを感じていた。