フランス王家のひみつ なぜ名前が「ルイ」ばかりなのか?

「ルイ王朝」ブルボン朝の不思議
佐藤 賢一 プロフィール

ルイ14世は神の子?

なぜルイ14世はルイの名前に執着したのか。あるいはルイ13世が始まりなのかもしれないが、どうしてこうまでこだわらなければならなかったのか。ここからは「正史」でなく、私が考える、というより想像し、あるいは勘繰る「秘史」の類だ。

 

話はルイ13世に遡る。この王は14歳で同い年のスペイン王女、アンヌ・ドートリッシュと結婚したが、夫婦には長く子ができなかった。

最初はがんぱったようだが、そのうち不仲になって、同衾もしなくなった。とはいえ、王位継承者がいないでは困る。実はガストンという王弟がいたので、何も困らなかったが、これとも不仲だった兄王、さらにいえば当時の宰相リシュリューには頭が痛かった。いや、本当に王子がほしい。

転機が訪れたのは、1637年だった。王家の発表によれば、12月5日、狩りに出ていたルイ13世は、ヴェルサイユからサン・モールに移動する途中で、大雨に見舞われた。ちょうどパリの近くだったので、急遽ルーヴル宮に入り、一夜の宿を取ろうとしたところ、王妃アンヌ・ドートリッシュがいた。その夜に懐妊して、36歳の王妃が1638年9月5日に生んだのが、待望の長男だった。

ルイ13世 photo by GettyImages

この息子にルイ13世は、「ルイ・ル・デュー・ドネ(神が与えたもうたルイ)」と名づけた。最大級の喜びの表現ということだが、ちょっと待て。なんだか出来すぎな感が否めない。それは22年間も子供がなかった夫婦なのだ。たった一夜あればよいというが、12月5日というのも、子供が生まれた9月5日から逆算した気がしないでない。

実は命名にも注意が必要で、「ル・デュー・ドネ(神が与えたもうた)」とは、処女でイエス・キリストを身ごもった聖母マリアを皮肉る表現で、「父なし子」とか、「父親の知れない子」とかの意味にもなった。

つまりルイ13世は父親ではない。自分の子供でないが、自分の子供ということにしなければならないから、ルイと同じ名前はつけてやるが、一言つけたさずにはいられないと、それが王の気分だったことになる。