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「フェミニズム離れ」する若い女子が抱いている違和感の正体

ハッシュタグ運動から見えること

日常風景の中での男女平等感

「女であるという理由で差別された経験がないから、フェミニズムが言う女性差別というのはよくわからない」

「現代ではもう女性差別みたいなものはないと思う」

フェミニズムについて、現在の女子大学生に聞いてみると、こんな答えが返ってくることがある。

たしかに、日常生活において露骨な男女不平等を経験することは減ってきている。その変化自体は望ましい。

しかし、ここで注目したいのは、「もはやフェミニズムは不必要である」、「フェミニストは不当に男女不平等を取り上げて騒いでいる」と主張する女性たちが出てきていることだ。彼女たちの目には、フェミニストの主張がなにか不快なものとして映っている

こうした傾向は日本だけに止まらない。後述するように、一般の女性たちが「フェミニズム」「アンチフェミニズム」という語を使って激しく議論を交わしている英語圏では、フェミニズムに反対するハッシュタグ運動(hashtag movement, hashtag activism)が起こった。慎重に捉えていく必要があるが、一部で女性による「フェミニズム不要論」が高まっている可能性がある。

このエッセイでは、#WomenAgainstFeminismという英語圏でのハッシュタグ運動を分析し、「フェミニズム不要論」を唱える女性たちがフェミニズムの何に反発しているのかを明らかにする。

彼女たちの主張を丁寧に整理することで、彼女たちが、どのような性別の取り扱い方が社会において望ましいと考えているのかが見えてくるその理想像は必ずしもフェミニストと主張と齟齬するものではなく、むしろ両者に共通している点だというのが、この論考の行きつく先だ。

 

女性の方が「得」?

日本で言えば、生産者(労働者)としての男性を優遇することは、雇用機会均等法(1986年施行、1997年改正)以降見えにくくなった。他方、消費者としての女性を優遇することに関する規制はほとんどない。それは、基本的に私企業の「経済の自由」に属するものとされているためだ。映画館も飲み屋もレディースデーを設定して、女性歓迎ムード。野球の各球団は、ガールズデーや女性専用席を導入している。

これらのサービスを前にして、コスパに敏感な「最近の若い男性」たちは、社会から歓迎されていないのかもしれないという不安を募らせる。込み合った電車に乗れば、「男性」であるという理由だけでひとまとめにチカン予備軍と見なされ(ているように感じて)、居心地の悪い思いをしたりしている。