主人公の過渡期は
自分の過渡期でもあった

創作の最大の楽しみは、自らが物語の世界に入り込み、自分とは別の人間の人生を生きられることだ。作家にもいろいろなタイプや創作スタイルの違いがあると思うが、私は、徹底的にキャラクターと同化して描く「成り切り」タイプ。ストーリーは頭で考えるとしても、詳しい描写は自分の目で見て体で感じてみないと描くことができない。自分自身が本気で泣き、笑い、心から感じたことでなければ、読み手の心には響かないと思っている。そのため、「役作り」と称して物語の舞台に身を置くことはよくあるが、本作を書いている間は、足しげく葉山に通った。

主人公である作家の「倉沢みちる」や、恋人の「蓮見優斗」の気持ちになって浜辺の風に吹かれ、海で泳ぐ。もどかしい青春や恋のときめきを追体験する。仕事を超えて、それは至福の時間だった。

今はなき森戸デニーズでゲラの作業もしていた 撮影/折原みと

しかし、至福とばかりは言っていられないこともあった。この「成り切り手法」には、時として落とし穴がある。主人公の気持ちに同化しすぎると、幸せなシーンでは自分もウキウキと筆が進むが、辛いシーンになるとなかなか先に進めなくなってしまうのだ。物語の中盤で、みちるはある事件がきっかけで絶望し、暗いトンネルの中で立ち止まってしまう。主人公が作家という職業だったこともあって、なんと、自分までシンクロして小説を書くことができなくなってしまった。

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みちるが絶望のどん底から這い上がるまでのシーンが、私にとっても一番辛い時期だった。数カ月間、一行も書き進めることができなかったのは、長年の作家人生の中でも初めての経験だ。

ちょうど私自身も、作家としての過渡期にさしかかっていたのだと思う。根っこの部分のテーマ性は変わらなくとも、もっと成長したいという気持ちはあった。それまでは若い世代に向けたライトな文体で書いてきたが、デビュー当時から読んでくださっている読者の方も、30代や40代へと年を重ねている。大人になった読者の方たちに相応しく、自分もステップアップしたかった。形は違えども、みちるが人生の壁にぶつかって足掻いている時、私も作家としての壁を必死で超えようとしていたのだ。

構想から4年かけ

結局、みちると私がトンネルから抜け出すまでには半年近くかかってしまった。そのあとも何度も壁にぶち当たり、なんとか乗り越え、2014年の1月に書き始めた小説を脱稿したのは2016年の秋の終わりだった。途中別の仕事で中断したこともあったとはいえ、執筆期間は3年近く。最初の構想からは実に4年の月日が過ぎていた。