共演者も仰天した、怪優・田中裕子『おしん』撮影秘話

過労で倒れ、プレッシャーに悩み…
週刊現代 プロフィール

最後に見せた涙

木俣 並樹さん演じるおしんの夫・竜三が壮絶な最期を遂げた後の回のおしんも素晴らしい。敗戦が決まり、軍との仕事をしていた竜三は、戦争に加担してしまった罪を償うため、遺書を残して自決してしまう。

自決後、夫の覚悟を予見できなかったことをおしんは悔いるのですが、竜三の母・清(高森和子)は自決した息子を卑怯だとなじる。それに対して、おしんは敢然と反論します。

戦争中は黙っていたくせに、終戦したとたん、戦争に反対だったというスタンスをとる、自分も含めた世の風潮こそ卑怯だと断じる。それに比べて、自分の信念を通し、生き方にけじめをつけた竜三は立派だと。

そのときの田中さんの演技は出色です。目を潤ませながらも、鋭い眼差しで、静かに、ときに語気を強めて2分以上語り続ける。おしんは、実際にその時代を生きた女性たちの体験談や思いをもとに、橋田先生が作った役柄です。終戦直後の当時の女性たちの複雑な感情を見事に表現した田中さんの名演ですね。

 

 並樹さんは文学座では裕子ちゃんと同期ですが、演技や役作りに関して話したことはありますか?

並樹 僕は同期と言っても夜間でしたから、当初は裕子さんとそこまで話してないんですよ。ただ、「昼間に凄い女優がいる」って話は聞いてました。

裕子さんは『おしん』に出る前から朝ドラ『マー姉ちゃん』('79年)に出演、さらに『おしん』が放送される前年にも『ええじゃないか』と『北斎漫画』で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞した、文学座の期待の星でした。

蜷川幸雄の「マクベス」でマクベス夫人を演じる田中裕子(Photo by gettyimages)
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そんな裕子さんが一度、夜間の俳優たちに演技を見せてくれる機会があったのですが、もう全然レベルが違ったのを覚えています。

 おしん役も、苦しみながらも完璧にものにしていましたものね。

並樹 役者には、役を引き寄せるタイプと、役に入るタイプがいるんですよ。でも、今思うと彼女はそのどちらでもない。NHKスタジオでは本番5秒前に「ピリピリピリ」というベルが鳴るのですが、その瞬間スイッチが入って、いつもの裕子さんがおしんになってしまう。天才ですよ。「引き寄せる」のでも「入る」のでもなく、一瞬で変わってしまう。名優で例えるならばロバート・デ・ニーロ的なんです。

木俣 ロバート・デ・ニーロは、自身の経験や役柄が置かれた状況を擬似的に追体験することで役柄に接近する「メソッド演技法」で有名ですよね。