10代の同級生と一緒に体育の授業を

やるならば本気でやろうと、自宅から比較的近い場所にあった「辻学園調理・製菓専門学校」に入学。プロを目指す10代の若者たちと一緒に、料理を一から学び始めました。末の子が小学校に入学した、37歳の時でした。

主人は戸惑っていましたが、最終的に「料理が学べるならそれでいいじゃないか。社会勉強にもなるだろうし」と賛成してくれました。

ところが久しぶりの学生生活は、思った以上にハードだったのです。

まず専門学校だったので、料理だけでなく、体育や音楽の授業が普通にあります。特に体育は体力的にも厳しくて、18歳と同じペースで走るのは大変でした。しかも運動をするには、校舎から川向うのグラウンドまで移動しなくてはならず、体操着姿で知り合いの社長に遭遇し「江崎さん、何してるんですか!」と驚かれたこともありました。

それでも特別扱いをされるのは嫌だったので、身元がわからないように、入学時の保証人は実家にしていました。実は途中でバレて、学園長から様々な免除を申し入れていただきもしました。でも待遇も他の生徒さんと同じにしていただき、ブランド品などを身に着けないシンプルな服装で通い続けました。もちろん週に1回当番がまわってくるトイレ掃除も、しっかりやりました。

料理学校での写真。手前右側が美惠子さん 写真提供/江崎美惠子

食事の支度と子どもの送り迎えは欠かさず

同級生はほとんどが10代の若者で、1割ほどが脱サラして調理師免許取得を目指す社会人。女性は全体の3割程度だったでしょうか。基礎科の授業は朝の9時頃に始まり、午後の3時まで。その後、夕方からフランス料理などを専門的に学ぶ専攻科の授業が始まります。

多くの生徒さんたちは両方の授業に続けて出て、1年で卒業していきましたが、私には家庭がありますのでそうはいきません。最初の年は基礎科にのみ出席し、授業が終わり次第家に戻って夕食の準備。2年目は家を出る前に夕食の支度を済ませ、専攻科の授業に出席して夕食までに戻るといった感じでやり繰りし、丸2年かけて卒業しました。

そんな状況ですから、スーパーへの買い出しも行けるのは週末だけ。主人と2人、両手にたくさんの食材を抱えて戻り、バタバタしながら一週間分の下ごしらえをしたものです。けれどその時の経験が、後に『1週間システムクッキング』というレシピ本になるのですから、人生、どんな経験もムダにはならないということですね。

通学している間も、毎朝の朝食とお弁当作り、子どもの送り迎えは続けていたため、子どもたちは私が専門学校に通っていることに気づいていなかったようです。

ただ、あまりに頑張りすぎたせいか、一度過度の疲労でダウンしてしまいました。両方のまぶたが腫れあがってしまい、「こんな調子で卒業できるのかしら」と暗澹たる気持ちになりました。それだけに無事に卒業できた時は、本当に嬉しかったです。