二階堂ふみが纏う、一周回って新しい「昭和の女子」的な魅力について

『ストロベリーナイト・サーガ』の鳥肌
堀井 憲一郎 プロフィール

パワーを持つ女性に周辺の男性が引っ張られていくというパターンは、昔からあっていまも盛んに制作される物語構造ではあるが、昭和に作られていたものは強い男性社会を基盤にして“異端の女性”感がとても強かった。その空気に近いものを感じてしまう。昭和くさいのである。

この「いくつもの屈託を抱えた昭和くさい女刑事像」が気に入っている。

途中、7話からヤクザ役の山本耕史が登場し、女刑事が惹かれていった。背徳の香りが高い。

ライバル刑事(江口洋介)に「あいつはな、まじめな男よりもやべえ男に惚れちまうような女なんだよ」と言われ、まさかとおもいつつ、本当に惹かれていくようなサマが「堕ちる女」という空気が出てきていた。ふと、1970年代の石井隆の劇画の世界をおもいだした(ただの連想である。似てるわけではない)。

ヤクザと女刑事の道ならぬ恋というのが、一周まわって、新しく感じられたのだ。昭和のころの王道路線、その退廃的な香りが、あらためて見ると新鮮だった。もちろんベタだといえばベタである。そのぶん、ぞわっとするおもしろさを感じてしまった。

このドラマのポイントは、二階堂ふみの丸っこい顔でも「敏腕刑事」に見えるかどうかというところに尽きるのだろう。横顔になると、かなり幼く見える。私はそういうところが見ていて飽きない。

 

前作とのいちばんの違い

「7年しか経ってないのにリメイク」には、それなりの理由があるのだとおもう
ひとつは「わかりにくい世界を整理する」という狙いがあるのではないか。ついそう憶測する(あくまで憶測である)。

前のシリーズはやや不親切だった。

竹内結子の『ストロベリーナイト』は連続ドラマの前にまず2時間ドラマが放映された。それが第一作である。

2010年の11月に2時間ドラマが放送され、そのままの出演者で、2012年1月からの連続ドラマが始まった。

私は2時間ドラマを見ずに連続ドラマを見始めた(連ドラ開始直前に再放送されたが見ていない)。ドラマの冒頭から疎外感を感じさせる展開というのはあるが、これは実際にプロローグ編を見てない人には不親切な部分があったとおもう。何だか入っていけなかった。知らない人たちが、知られてるのを前提のように出てきて、困ってしまう。

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