モンテッソーリとシュタイナーから学ぶ、教育における「自由」とは?

オバマやゲイツが育った「子どもへのまなざし」
おおたとしまさ プロフィール

私たちが忘れてしまった、ひととして大事な「何か」

環境破壊、貧困、差別、民族対立……。科学技術や経済のきらびやかな発展とは裏腹に、私たちの住むこの世界は本当に豊かになっているのだろうかと、ときどき疑わざるをえない。ひょっとして私たちは、ひととして大切な「何か」を忘れてしまったのではないだろうか。そんな漠然とした不安を感じたことのあるひとも多いのではないだろうか。

独特な方法でその「何か」を探究し、体系化したのが、ルドルフ・シュタイナーだった。

 

彼が体系化した「人智学」は、科学万能主義、知識至上主義の考え方を批判する。世の中のことは物質の側面からすべて説明できるとする唯物論的な世界観にも批判的だ。我々が通常の感覚で認識できる物質世界を「感覚的世界」と呼び、それに対して「超感覚的(より高次の)世界」が存在すると訴えるのだ。その人智学にもとづいて考案された教育法がシュタイナー教育である。

シュタイナーは1861年、現在のクロアチアに生まれた。実業学校に通わされたが、大学進学資格試験に合格し、ウィーンの工科大学で数学と自然科学を学ぶ。同時にウィーン大学でも哲学、文学、心理学、医学を聴講した。このころゲーテの自然科学を研究し、「ゲーテが語る感覚的・超感覚的形態に、私は達した」と述べている。彼がゲーテやシラーから強い影響を受けていることが、彼の講演録などを読むとよくわかる。

1894年には彼の哲学上の主著である『自由の哲学』が出版される。フリードリヒ・ニーチェの著作が脚光を浴び始めたころに重なるが、シュタイナーが哲学者として認知されることはほとんどなかった。むしろ当時のドイツの知識人たちはシュタイナーをオカルティックな「神智学者」とみなし、黙殺した。

シュタイナーはしばらく神智学協会と行動をともにしていたが、結局そことも袂たもとを分かち、「人智学(アントロポゾフィー)」という独自の学問体系を掲げるに至る。

第一次世界大戦で敗戦国となったドイツ国内には不満と不安が渦巻いていた。1919年、シュタイナーは社会問題の抜本的解決策として「社会有機体三分節化」という理念を発表し、多数の支持者を集めるが、当時台頭し始めていたナチスからは壮絶な嫌がらせを受け、命まで狙われた。

同年、ヴァルドルフ・アストリア煙草工場で労働者向けに講演を行い、理想的な学校について語った。それが好評を博し、9月には「自由ヴァルドルフ学校」が開校するのである。人智学の教義を教える学校ではなく、人智学を通して獲得したものを、教育に活用する学校だ。今年はちょうど開校100周年にあたる。ちなみに海外では、「シュタイナー教育」という名称よりも「ヴァルドルフ教育」という名称のほうが一般的だ。

1922年、シュタイナー建築でスイスに作られたゲーテアヌム Photo by Getty Images