「最低賃金1000円」が実現した時に、この国で起きること

効果と副作用を考える
加谷 珪一 プロフィール

だが、事業を引き継いだ新しい会社は100人全員を雇用しないだろう。事業を引き継ぐ会社には経営体力があり、合理化も進んでいるので、70人程度の従業員で同じ業務を実施できる可能性が高い。そうなると70人だけが再雇用され、同じ稼ぎを70人で分配するので、再雇用された従業員の平均賃金は上がる。

一方、新しい会社に雇用されなかった30人は失業することになり、失業中は賃金をもらえないので、平均賃金のカウント対象外となる。大雑把にいってしまえば、雇用が減る代わりに、雇用されている人の給料は上がるという効果をもたらすことになる。

 

物事には「トレードオフ」が必ずある

これまで日本では何度も産業構造の転換が模索されたが、すべてのケースで立ちはだかったのが雇用の問題である。確かに企業の入れ替わりがあると一時的に雇用は失われるが、その後、雇用が回復するのかは、国民の意識と行動次第である。

もし、国民に経済活動に対する強い意志があれば、新しい製品やサービスを作り出す企業が出現し、余剰となった人材はそこに吸収されていくだろう。この段階で、彼等にも高い賃金が支払われるので、国民全体の所得も増加し、消費は拡大に向けて動き出す。

一方、国民の意識が後ろ向きのままでは、余剰人員を吸収しようという企業は現れず、経済がシュリンクしたまま失業が慢性化することになる。そうなると、仕事を持っている人と持っていない人の格差が拡大するという問題が長期にわたって継続することになる。

最低賃金の引き上げについて聞かれれば、多くの人は賛成と答えるだろうが、最低賃金の引き上げは、雇用の最適化を伴うという現実について、十分なコンセンサスが得られているのかは疑問である。

筆者は基本的に産業構造の転換が必要との立場なので、最低賃金の引き上げと、それに耐えられない企業を市場から退出させることについて賛成だが、雇用の調整を伴うのであれば、反対だという人は少なくないはずだ。

日本人はトレードオフという概念が希薄であり、よい施策を行えば、すべてがバラ色に解決すると考える傾向が顕著である(常に正しい解答が用意されている暗記型学習の影響も大きいかもしれない)。現実の社会においてそのようなケースはほとんどなく、何かを取れば、何かを失うことが多く、トータルで損得を考えなければならいことが圧倒的に多い。

安い賃金が続き、今後さらに状況が悪化する可能性も高いが、当面の雇用は維持された方がよいのか、それとも、雇用は流動化するものの、賃金は上がり、今後の雇用拡大も期待できる方がよいのか、最低賃金引き上げ論をきっかけにもう一度、問いなおしてみた方がよいだろう。