ホンダCBX1000 Photo by olafpictures / Pixabay

「とてつもない論文」はいかにして生まれるか

異形のバイクの悪魔的造形から考える
東大教授に漢字3文字のお題でエッセイを書いてください、と頼む「無茶ぶり」企画。
今回は「造形美」というお題に水越伸教授、背景にある「悪魔的な思考」にまで踏み込みます。

「なにこのバイク!」と誰もが立ち止まった

そのバイクはいつも定食屋の入り口に、大きなボディを縮こめるようにして佇んでいた。

1980年代前半から90年代前半の中央線西荻窪駅南口からすぐの路地。二十代の僕がいつも通っていた居酒屋や定食屋が並んでいた。そのバイクは一軒の定食屋のオヤジの持ち物で、路地に沿って駐められていたのである。

その頃の僕は大学に通いながらインダストリアル・デザイン事務所を先輩たちと立ち上げ、そこで毎日、消費者がさまざまな商品をどのようなイメージでとらえ、日常生活のなかでいかに使っているのかを調査する仕事をしていた。電気シェーバー、システムキッチン、カーオーディオ、プレハブ住宅から海外旅行のパッケージツアーまで、あつかうジャンルは幅広かった。今ではユーザー・エクスペリエンス(UX)リサーチという業界用語で説明できる仕事だが、当時そんな便利な言葉はなかった。

西荻西荻窪の路地 Photo by PhotoAC

文化人類学を志して入ったはずの大学で同級生に話しても状況をわかってもらえず、絵が描けるわけでもものがつくれるわけでもないからデザイン事務所でも周縁的で、俺はいったい何者なんだろう、これからどうなるんだろうと悶悶と悩んでいた頃だった。そんな僕がホッと一息つけるのがアパートのある西荻駅界隈だった。

路地に佇んでいたバイクはホンダCBX1000という名前だった。

ホンダCBX1000ホンダCBX1000 Photo by kenjonbro / Flickr

それは大型バイクとして普通の形をしていた。前後にタイヤがあり、カウル(風防)などに覆われていない車体フレームにエンジンが組み込まれていた。エンジンの上にはガソリンタンクとシートがある。今でもよくみるバイクの造形で目立ったところもなかった。

それでもCBX1000には、機械のことなどなにも知らない人でもひと目見たら、「なにこのバイク!」と思わず立ち止まってしまうような存在感があった。

ホンダがCBX1000にしてしまったこと

その理由はこのバイクが直列6気筒エンジンを搭載していたからだった。

cbx1000直列6気筒エンジン Photo by r reeve / Flickr

現在の乗用車の多くは直列4気筒エンジンを搭載している。それらは、円筒状のシリンダー(気筒)内で気化したガソリンに火をつけて爆発させ、そのエネルギーでピストンを上下運動させてパワーを得る。直列4気筒ではシリンダーとピストンのセットが縦に4つ並んでいる。ちなみに今の軽自動車はすべて3気筒である。

80年代はバイクがブームとなっていたが、当時の大型でスポーティなバイクはたいてい4気筒だった。

たとえば750cc(ナナハン)の排気量があるバイクでは、1気筒あたりのシリンダー空間はわずか200㏄弱。それ以前は単気筒、2気筒だったから、直列4気筒エンジンは十分に高性能な精密機械であった。

ところがホンダは70年代後半、CBX1000という名称が示すとおりの排気量約1000ccのバイクに6気筒エンジンを載せた。

CBX1000のエンジンは、熱を空気で冷やす空冷エンジンのためにシリンダー表面にフィンが付いていてキラキラ輝いていた。それは6気筒もあるのでガソリンタンクの下からはみ出していた。