6月18日 米国の動物学者E・S・モース誕生(1833年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

進化論を日本に紹介した動物学者、エドワード・シルヴェスター・モース(Edward Sylvester Morse、1838-1925)が、この日、アメリカ西海岸の都市ポートランドに生まれました。

【写真】E・S・モース
  エドワード・シルヴェスター・モース photo by gettyimages

モースは、高等学校を中退し、職業も長く続きませんでしたが、幼少より貝の採集を続けており、充実した標本を持っていました。ハーバード大学教授で、古生物や地質学の学者であったルイ・アガシー(Jean Louis Rodolphe Agassiz、1807-1873)の助手を務めながら、生物学の分野に人脈を作り、大卒の学歴がないにもかかわらず、ボウディン大学 (Bowdoin College)教授に就任しました。

進化論の観点から腕足類を研究対象に選んでいたモースは、1877年に腕足類の種類も生息数も多い日本にやってきました。翌年再び来日し、東大初代動物学教授として、動物学のみならず、日本の近代的な研究や教育界の育成に尽力したほか、進化論の紹介や教育研究施設の充実にも尽力したそうです。東大図書館の発足は、モースが寄贈した書籍がその出発だったと言われています。

1度目の来日の際に、船で到着した横浜から、採取・研究の許可をとるために東京へ向かいました。その列車の窓から、大森付近で白っぽい丘を見かけ、あらためて後日、その場所を訪れ、それが縄文時代の貝塚であることを発見しました。これが大森貝塚(東京都大田区・品川区)でした。日本で初めての科学的な発掘調査が行われた、日本考古学の出発点と言われています。

【写真】大森貝塚の碑
  大森貝塚の碑(東京都品川区)。碑は大田区側にもある 撮影:講談社

生涯で3度の来日を果たしたモースは、深く日本を愛していました。最初の離日の際には、許可を得て大森貝塚からの出土品のうち、重複したものをアメリカに持ち帰り、博物館・大学へ寄贈しました。そして、それに対してアメリカの資料を提供を受け、それを東大に寄贈する、という国際的な学術交流を行いました。

関東大震災で東大図書館が大きな被害をこうむったと聞いて、モースは深く嘆きつつ、その2年後に亡くなりましたが、遺言により彼のすべての蔵書が東大図書館に寄贈されたとのことです。

腕足類:2枚の殻を持つ海産の底生無脊椎動物で、2枚貝に似ているが、貝類を含む軟体動物門ではなく、独立の腕足動物門に分類される。化石記録ではカンブリア紀に出現し、古生代を通じて繁栄したグループだが、現生の種数は比較的少ない。日本にはミドリシャミセンガイなどが生息するが、環境悪化などで減少している。

【写真】シャミセンガイの一種腕足類の例:シャミセンガイ