田口淳之介はなぜ「土下座」をしたのか、誰に謝っていたのか?

日本社会を覆う「不寛容」の実態
原田 隆之 プロフィール

「公平世界信念」のおかげで、われわれは治安の良さを享受でき、「頑張れば報われる」と信じて、それを日々のモチベーションとすることができる。しかし、その負の側面にも十分に注意する必要がある。

日本の社会を覆う不寛容が一層強固になるなかで、いつしか芸能人は釈放されるたびに「謝罪セレモニー」をすることが前例となってしまった。何もしないと一層叩かれるからである。だから、ますます謝罪に対して神経質になる。

今回の土下座が今後の前例になるとは考えにくいが、それでも彼が「謝罪セレモニー」のハードルを上げてしまったことは事実である。

また、本人にその意図はなくても「薬物使用者は悪人なのだから、このような辱めを受けて当然だ」というメッセージを広く流布してしまったことにもなる。

自らが反省の意味を込めてあえて屈辱的な態度を取ったことが、結果としてさらに多くの悪影響をもたらしてしまったのである。

〔PHOTO〕gettyimages

今後田口さんがすべきこと

今後彼がするべきことは、これ以上屈辱のなかで、ひたすら頭を下げ続ける人生を歩むことではない。薬物からの立ち直りのゴールは、単に薬物をやめることではなく、自尊心や尊厳を取り戻すことである。

そして、自分らしい生き方を取り戻し、自分らしい方法で周りの人や社会に貢献ができるようになることである。自分を大切にできなければ、周りを大切にできることなどできるはずがない。

 

そして、われわれがすべきことは、ひとたびは過ちを犯したかもしれないが、反省をして立ち直ろうとする人がいるとき、そのような人々をなおも蔑んだり、排除したりするのではなく、彼らを受け入れて支援をすることである。

あのとき、土下座をして過去を悔いる若者に、手を差し伸べる大人は誰もいなかった。

しかし、これから彼が更生の道を歩むとき、「はやく帰っておいで」「おかえり」と言って手を差し伸べる社会、そのような社会こそが、真に公平で公正な社会だと言えるだろう。

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