# ポスト・トゥルース # ポストモダン # 新しい実在論

ポスト・トゥルースを突き抜ける新しい哲学の挑戦

マルクス・ガブリエルと新しい実在論
浅沼 光樹 プロフィール

ある意味において、それはその通りなのである。「世界は存在しない」という主張とともに、ガブリエルは事実上、一種のポスト・トゥルース的状況を受け入れていると言える一面がある。

しかしこれだけでは文字通り、事柄の一面にすぎない。というのも、『なぜ世界は存在しないのか』においても、「世界は存在しない」というテーゼの証明は早々に終わってしまい、その後は一種のポスト・トゥルース的状況における真理と虚偽の問題へと話は移っていくからである。

そこにはめくるめく光景が現出する。現実の中の虚構のみならず、その虚構の中の現実、さらには虚構の中の虚構などの果てしない入れ子構造が、彼のお気に入りの映画『最後のユニコーン』やモキュメンタリー『ジ・オフィス』を始め、トーマス・マンの小説『ヴェニスに死す』やマラルメの詩『類推の魔』に至るまで、さまざまな題材を例にとりながら縦横無尽に論じられてゆく。

 

ポスト・ポスト・トゥルースへ

このようにして、真とはなにか、偽とはなにか、ということが、あらためて問いに付されるとき、われわれはそこにガブリエルの暗黙のメッセージを読みとることができる。

つまり、真と偽の単純な分断こそが古くさい先入見だったのであり、だとすれば到来しつつあるポスト・トゥルース的状況はある意味において「福音」と言える、つまりそれは単に真偽の区別を消失させるだけでなく、〈真理の再定義ないし真理の真の姿の発見〉へ向けての最初の一歩でもあるのだ、というメッセージである。

ガブリエルの新しい実在論の最大の特徴の一つはここに、つまりポスト・トゥルース的な状況に定位しつつ、そうした状況の彼方へ、いわばポスト・ポスト・トゥルース的とも言うべき次元へ向かって、存在論的思索を押し進めようとしている点にあるように思われる。真と偽の関係が単に転倒されたり、その二項対立が廃棄されたりするだけではない。すべてが一様になったその後で、偽をも「ある」の一つとして捉えることにより、〈偽なるものの真〉とでも言わざるをえない何かが現われ出てくるのである。