2019.06.16
# 戦争

特攻を超える戦死率75%…その戦場を生き抜いた搭乗員は何を見たか

日本の敗戦を見通しながら戦い続けた
神立 尚紀 プロフィール

迎え撃つ104機の米軍戦闘機

ルンガ泊地はガダルカナル島北西端に位置している。そこへ、南西から島を横切る形で突撃し、爆撃を終えるとそのまま北進し、海の方向に避退するのが日本側の計画だった。艦爆隊の四個中隊は、目標上空に達したら、目分量で目標を四等分して各自の目標を定めることとされていた。一つの目標に対しては一個小隊(3機)があたり、これに爆弾2発が命中した場合には、三番機は別の目標を狙う。

艦爆を中心に、その左右と後方にほぼ同数の零戦が掩護する形で飛ぶこと1時間40分。

「戦闘機と艦爆、合わせて百機近くいるんだから、これは素晴らしい、と機嫌よく飛び続けました」

と、二〇四空零戦隊で宮野大尉の四番機だった中村佳雄さん(当時二飛曹)は回想する。

ガダルカナル島南側から陸地上空に入ると、山の北向こうの海岸線に、目指すルンガ泊地が見えてきた。進藤少佐は、バンクを振って(機体を左右に傾ける)、「トツレ」(突撃準備隊形作レ)を下令する。空中で交信できる無線機はこのときの基地航空部隊の零戦にはなく、意思の疎通はバンクか手信号によるしかなかった。艦爆隊の第二中隊以下が、全速で前に出て第一中隊と並んだ。ここまでは訓練どおりの一糸乱れぬ隊形だった。

艦爆が攻撃態勢に入るまでは零戦隊は絶対に離れてはいけない。零戦のほうがスピードが速いので、2機ずつが交差してバリカンの刃のような動きで飛びながら、艦爆隊についてゆく。

敵は地上の陣地から激しく対空砲火を撃ち上げてくる。二〇四空の田村和二飛曹が操縦する零戦が、直撃弾を受けて突然、空中分解した。バラバラになった機体から田村二飛曹の体が放り出されて宙を舞うのを、編隊最後尾を飛んでいた八木隆次さんが目撃している。それでも、編隊はくずさない。

攻撃開始の頃合いを見て、進藤機がふたたびバンクを振って、突撃を令する。艦爆は各小隊、3機ごとの単縦陣となり、高速で敵艦隊をめがけて急降下に入る。進藤三郎さんの回想――。

「そのとき、前上方からグラマンF4F 12機の編隊が突っ込んでくるのが見えた。F4Fは零戦に構わず、まっしぐらに艦爆隊に襲いかかってきます。編隊をリードすべき総指揮官が最初から空戦に入るのは避けたいところだが、そう言っていられる状況ではなかった。私は敵機を追い払おうと、とっさに単機で正面から敵編隊に挑んでいったんです。

すると敵機は、私の機に記された指揮官標識に気づいたのか、艦爆を攻撃するのをやめ、全機でかかってきた。敵機を撃墜するより、一刻も長くこの敵を引きつけないといけない、そう考えて、フットバーを踏んで機体を横滑りさせながら敵弾をかわし、敵機が味方編隊から遠ざかるように飛び続けました」

零戦の宿敵・グラマンF4Fワイルドキャット。零戦隊はしばしば苦杯をなめさせられた

進藤さんは、敵機の動きを見ながら、その主翼前縁にある機銃口がチカチカ光るのと同時に操縦桿を思い切り引いて左急旋回をうつ。敵機はつんのめって進藤機の前に飛び出す。照準器の光枠いっぱいに敵機の姿が見える。おあつらえ向きの射撃体勢だ。

「しめた!」

と、進藤さんは左手で機銃の発射把柄を握った。二号銃が火を噴き、機銃弾が敵機の胴体に炸裂する。敵機はブワッと黒煙を吐く。

「しかし、撃墜を確認している暇はありません。振り返るとまた、別の敵機が撃ってくる。目の前を白い尾を引いて曳痕弾がよぎる。空戦しながら味方攻撃隊のほうを見ると、新手の敵戦闘機が現れたのか、1機の九九艦爆が撃墜され、飛沫を上げて海面に突っ込むのが目の端に映りました。掩護するはずなのに申し訳ない、と涙が出そうになりました。グラマンを振りほどこうと、目の前に浮かぶ断雲のなかに逃げ込む。しかし、雲から出ると、敵機はちゃんと先回りして待ち構えてる。また雲に入る。そんな動きをしばらく繰り返し、海面すれすれでスコールに飛び込み、ようやく敵機を振り切ることができました……」

この日は米軍も、104機もの戦闘機を邀撃に発進させていて、進藤機が12対1の空戦を演じている間にも、彼我入り乱れての大空戦が繰り広げられていた。

艦爆隊が攻撃態勢に入ると、宮野大尉の二〇四空零戦隊はかねてからの打ち合わせ通り、ぐんぐんと前に出て、爆撃を終えた艦爆の前路に待ち構える敵戦闘機の掃討に向かった。

「高度6000メートルから緩降下して、おそらく4000メートルぐらいになったとき、左下方からアメリカの戦闘機P-40がこちらに向かってくるのが見えました。まだ距離は遠いし、敵が攻撃するには無理な態勢だと判断しました。まだ、かわしたり対抗するには早いと。ところが、その遠くから撃ったやつが命中したんだから運が悪かった。撃ってくるのも、弾丸が当たるのもわかります。あっという間に左翼の2つある燃料タンクの外側がやられて、燃料を噴き出しました。これはもう味方について行けんと、エンジンの排気炎がガソリンに引火しないよう、ガソリンが外に流れるように機体を横滑りさせながら、高度を下げていきました」(中村佳雄さん)

 

中村さんが、燃料タンクを切替えようとコックを操作したら、手にダラーッと血が流れた。痛みを感じないので気づかなかったが、改めて見ると、胸、顔、手をやられて激しく血が噴き出していた。ふと外を見ると、いつの間に来たのか、右横に宮野大尉機がついていた。宮野大尉は手信号で、燃料だけでなく潤滑油も漏れていることを伝え、次いで右手で丸く輪を描いて、下を指差した。描いた丸は上空から見たコロンバンガラ島の形である。

「コロンバンガラ島に不時着せよ、か。よし」

中村さんは右手を軽く上げて「了解」を伝えた。それから改めて燃料コックの切替操作をして、もう一度ふり返ったら、宮野機の姿はすでになかった。まだ戦闘は始まったばかり、隊長は空戦場に戻ったのだろうと思った。

中村さんは出血がひどく、マフラーを切って腕を縛ってみたが、片手ではうまくいかず、血は流れ続けた。敵弾は、操縦席左下前方にある脚出し確認ランプの真ん中で炸裂し、無数の弾片が体に食い込んでいたのだ。機体には8発の敵弾が命中していた。エンジンも濛々と煙を吐き、焼きつく寸前であった。

「敵機の目を避けるため目いっぱい高度を下げて飛び、ようやくコロンバンガラ島にたどり着きました。脚を出しても、ランプが破壊されているから確認できない。で、着陸した時ひっくり返ってもいいように座席をいちばん下まで下げて、そのままどうにか、うまく着陸できました。

整備員が誘導してくれるのは見えましたが、出血のせいか意識が朦朧として、すぐに行き足が止まってしまい、私は立ち上がることもできませんでした。そしたら、これは搭乗員がやられとると、整備員たちがトラックでやって来て、飛行機からひっぱり出して戸板に乗せて、荷台に上げて運んでくれたんです。ちょうどその時、艦爆が1機、不時着してきましたが、後席の偵察員が立ち上がって、私の方に敬礼してる。それが、目迎目送といって死者に対する敬礼だったから、俺はもう駄目かも知れないと思いましたね……」(中村さん)

ルンガ沖航空戦で被弾、重傷を負った二〇四空の中村佳雄二飛曹(のち飛曹長)の戦中、戦後(戦後の写真は撮影:神立尚紀)

また、二〇四空零戦隊の渡辺秀夫さん(当時上飛曹)は、

「高度5000~6000メートルから、艦爆隊の上を護衛しながら突っ込んでいくと、敵は、艦船からも地上陣地からも、ものすごい対空砲火を撃ち上げてきました。一分の隙間もないような弾幕です。艦爆隊はそれには目もくれず、ルンガ泊地の敵艦をめがけて急降下に入る。途中で火を噴いて墜ちてゆくのも何機かありました。そして、投弾を終えた艦爆が、安全圏まで退避したのを見届けて、われわれ戦闘機隊は空戦場に引き返して、敵の戦闘機を蹴散らすんです。燃料計を見ながら、帰れるぎりぎりの時間まで空戦をしました」

と回想している。

二〇四空の渡辺秀夫上飛曹(のち飛曹長)。宮野大尉亡きあと、23歳の下士官ながら空中指揮官を務め、同年8月26日、空戦中に被弾、弾片で顔右半面を失う重傷を負った(戦後の写真は撮影:神立尚紀)

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