「地獄の川」から「かわいい神様」まで 恐竜ネーミングの意外な秘密

「恐竜大陸をゆく」特別編!!
安田 峰俊 プロフィール

確かに。中国の恐竜は、たとえば遼寧省の北票市で見つかったから「ベイピアオサウルス(Beipiaosaurus;北票龍)」、寧夏回族自治区の霊武市で見つかったから「リンウーロン(霊武龍)」といったように、基本的には地名+龍(サウルスもしくはロン)で名付けられることが多く、まだオシャレな名前は少ない印象を受けます。

ただ、最近記載されたカウディプテリクス科の「Xingtianosaurus ganqi(干戚刑天龍;シンティアノサウルス・ガンチ)」は注目です。名前の由来が、中国古典の『山海経』に登場する怪物の「刑天」なんですよ! 

──おおっ! 『山海経』は古代中国の地理書ですが、人面のヘビや鳥人間みたいな荒唐無稽な生き物の記載が山盛りで、中国の妖怪マニアやUMA(未確認生物)マニアには垂涎の書です。

刑天は首を刎(は)ねられてしまったので頭部がないかわりに、人体の乳首の部分が目になってヘソの部分が口になって、盾と矛を持って踊っているという意味不明な神様ですね。斬首されたのに踊ってる場合なのかという(笑)。

刑天刑天(『山海経広注』付図より)

ええ。刑天さんはビジュアルがすごく可愛いですよね。今後は中国でも、こういうユニークな命名が増えるかもしれません。

呼称の変更、複雑な背景も

──日本語のカタカナ表記で、恐竜の呼称が変わるパターンはふたつあると思います。

ひとつは「ブロントサウルス」が「アパトサウルス」に変わったように、学名自体が変更されたパターン、もうひとつは前出の「チラノザウルス」と「ティラノサウルス」のように、慣用的な発音が変わるパターンです。中国の恐竜にもこうした例はありますか?

80年代に内モンゴル自治区で発見された竜脚類のヌーロサウルス(Nurosaurus;諾爾龍)がそれにあたるかもしれません。この恐竜はもともと、「ヌオエロサウルス(Nuoerosaurus)」と呼ばれていたものです。

──ヌーロサウルスはフフホト市の内蒙古博物院に全身骨格が展示されていて、私も見たことがあります。名前が変わったんですか?

ヌーロサウルスフフホト市の内蒙古博物院に展示されているヌーロサウルスの全身骨格。2015年8月安田撮影

うーん、ヌーロサウルスという名前自体が正式な学名ではないので、名前が変わった、というのも少し違うかもしれませんが。

ヌーロサウルスの呼称は、もともとの産地である内モンゴル自治区の「Qagan Nur (Chagannur、『白い湖』の意味)」にちなんだものです。

モンゴル語の内モンゴル地方の方言では、これをチャガン・ノールと読むそうですが、中国語では「査乾諾爾(Chá gān nuò ěr;チャア・ガン・ヌオ・アル)」と呼びます。ヌーロサウルスは、この中国語の発音のピンイン表記をベースにして、「諾爾(nuò ěr)」の部分に「サウルス(saurus)」をくっつけ、当初「ヌオエロサウルス(Nuoerosaurus)」と呼称されていました。かなり複雑ですね(笑)。

──めちゃくちゃややこしいですね。内モンゴル地区は中国領ですから、モンゴル語の地名を中国語で読んだ音が採用された、と。

そうなんです。しかし近年、もともとのモンゴル語の発音に近い「Nur」のほうがより良いのではないか? という意見もあり、日本語ではヌーロサウルス、と表記されることが増えたようです。

ただ、このヌーロサウルスにしても、正式な記載論文がまだ発表されていないので、現在の段階では学名ですらなく、ただの「愛称」です。今後、正式な学名が発表されれば、「ヌーロサウルス」とは別の名前になる可能性もあり得ますね。