北京の自然博物館に展示されているミクロラプトルの化石。2018年10月安田撮影

「地獄の川」から「かわいい神様」まで 恐竜ネーミングの意外な秘密

「恐竜大陸をゆく」特別編!!
大型ルポ『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』で第50回「大宅壮一ノンフィクション賞」を受賞した安田峰俊氏が新ジャンルに挑む連載「恐竜大陸をゆく」。特別企画として研究者に根掘り葉掘り尋ねています!

前回の記事に引き続き、中国恐竜学の重要な拠点のひとつ・中国地質大学の博士課程で学ぶ若手恐竜研究者・黒須球子(まりこ)さんに「内部の視点」で見た中国恐竜事情を尋ねる特別企画。

今回、私がなにより尋ねてみたかったのは恐竜の命名事情だ。

最近の中国で出土する恐竜には、中国語に由来する名前が付けられることも多いのだが、日本ではあまり話題にならない。そこで、中国語話者の恐竜ファンである私は過去に本連載上でも関連記事を書いたことがあるのだが、専門家の見解もぜひ聞いてみたかったのである。

カタカナ名の付け方、意外と適当?

──近年報告される中国恐竜には、「ディロング(Dilong;帝龍)」のように、中国語のピンイン表記をそのまま学名にする例が増えているように感じます。

ただ、彼らの日本語での表記にはブレがあって、たとえば「Guanlong(冠龍)」は、研究者の間でも「グアンロン」と「グアンロング」の表記が混在しているようです。恐竜名をカタカナ表記する際のルールについて教えてください。

生物の名前には、「学名」と呼ばれる世界共通の正式名称と、それぞれの国の中だけで通じる「独自の名前」の2種類があります。

学名は世界共通の名称なので、かなり厳密な決まりにのっとって命名されるんです。たとえば、新種の生物の命名をする時は、ラテン語風にしなければならない、イタリック体を使って記述しなければならない、などなど。

わざわざラテン語を使うのは、現状基本的に日常会話で用いられる事はなく、変化しづらい言語だから、と言われています。

それに対して、それぞれの国で用いられる生物の名前には、あまり厳密な命名規約がありません。その生物の名前が輸入された経緯や、出版物やメディアの影響を大きく受けて、時代ごとに変化します。

先ほどのグアンロンでいうと、「Guanlong wucaii」が学名、「グアンロン」が日本語名(和名)です。近年、日本では学名をラテン語風に発音したものが、和名として定着する傾向にあるように思います。

有名な「ティラノサウルス」も、実はこの和名に落ち着くまでに数種の訳語があったのだそうです。学名「Tyrannosaurus rex」に対してさまざまな言語の読みを当てたもので、たとえばチランノザウルス(ドイツ語)、テュランノサウルス(ラテン語)、タイラノソーラス(英語)などがあります。

──慣用的な用法とはいえ、恐竜の代表選手みたいな生き物の名前ですら、意外と適当なところがあるんだなあ……。そういえば、むかしの恐竜図鑑では「チランノザウルス」というラテン語的な表記で書かれていることがありましたね。

ありましたね(笑)。和名の定着時期を明確に述べるのは難しいのですが、個人的には映画『ジュラシック・パーク』の公開(1993年)と前後して「ティラノサウルス」という和名が広まったように思います。

ティラノサウルスティラノサウルスの全身骨格 Photo by Eden, Janine and Jim / Flickr

──お話からすると、中国恐竜の場合も、基本的には中国語の発音で読むよりもラテン語的に読むことが好ましい(ただし慣用的に中国音が優先しているときはそちらで読む)、みたいな感じでしょうか。

そうですね。たとえばディロングやグアンロン、最近発見された竜脚形類のリンウーロン(Lingwulong;霊武龍)などの場合は、学名をそのままラテン語発音したものが、日本語のカタカナ表記として採用されています。

リンウーロンリンウーロン Illustration by Danny Cicchett

安田さんが気にしている「グアンロン」と「グアンロング」の表記のブレも、中国語の発音に近い読み方は「グアンロン(Guànlóng)」ですが、ラテン語として読むのなら「グアンロング」で大丈夫。

今後、図鑑などでより多く採用された表記にしたがって、「グアンロン」と「グアンロング」のいずれかの呼称が定着していくかもしれません。

「〇〇サウルス」が減った理由

──中国の恐竜は、一昔前まではチンタオサウルス(Tsintaosaurus;青島龍)やファヤンゴサウルス(Huayangosaurus;華陽龍)みたいに、中国表記の「龍」に相当する部分が「サウルス」に置き換えられた学名がつく例が多かったと思います。

いっぽう、最近ではディロング(帝龍)やリンウーロン(霊武龍)をはじめ、「龍」まで中国語音を残した学名になる例が多い。「サウルス」を使わずに個性的な名付けを重視する流行は、中国の国際的な地位の向上と関係があるんでしょうか。