スマホが普及した「平和な独裁帝国」北朝鮮で忘れられていく日本

激変する「近くて遠い国」【後編】
立岩 陽一郎 プロフィール

まだ間に合う、対話を始めよう

私が訪朝から帰国してまもなく、東京新聞が「北朝鮮、入国禁止解除を要求 日朝会談へ条件」と題した北京発の記事を報じた。

安倍晋三首相が言及した日朝首脳会談へ両国の交渉を進めるには、対日政策担当者などの日本への入国禁止を解除するのが条件だと「北朝鮮関係筋」が語った──という趣旨の記事だが、私はこれを読んで違和感を禁じ得なかった。。

というのも、この記事で入国禁止を解除せよと話している「北朝鮮関係筋」とは、金正恩政権の重要な意向を伝えるキーパーソンなのか、それとも対日政策担当者の誰かなのかが明確でないからだ。後者であれば、発言内容は今までも対日政策担当者がよく語ってきたもので、それをもって金正恩政権が日本に新たな要求を突きつけてきたかのように報じるのは、ミスリーディングである。

残念ながら、東京新聞の記者に話した「北朝鮮関係筋」は後者である可能性が高い。なぜなら、対日政策担当者の政府内での発言力は低下し始めているからだ。今の状況で、金正恩政権が全体として日本に熱い視線を向けている気配はまったくなく、したがって、政権の意向を受けた高位のキーパーソンが入国禁止の解除を訴えるとは考えられない。

安倍晋三首相は、「日本人拉致問題の解決につながらない限り、北朝鮮と対話すべきではない」としてきた以前の主張を変えて、最近、「無条件での日朝首脳会談」を実現しようという意欲を示している。遅すぎたとは思うが、適切な判断だろう。

まだ間に合う。金正恩政権には、対日政策を担うことのできる人材が(これまでの主流的な地位から滑り落ちつつあるが)まだ存在する。彼らを通じて日朝対話を始めるべきだ。

安倍首相はその後、拉致被害者家族との面談で「私自身が金委員長と直接向き会い、条件を付けずに会って、率直に、虚心坦懐に話をしたい」と述べた。そう、すべきことはもうわかっているのだ。であれば、少なくとも、先方が会いたいと思えるような環境を整えなければならない。

そのためにはまず、互いをよく知ることが第一歩になる。

 

日本では今も「北朝鮮は貧しい国だ」「北朝鮮はひどい国だ」「北朝鮮は恐ろしい国だ」といった情報ばかりが流されている。いずれも事実かもしれない。しかし、それだけが事実のすべてではない。

その後、「北朝鮮の対米交渉担当者が処刑された」「強制労役をさせられている」といった情報が流れた。本稿執筆時点でその真偽はわかっていないが、こうした情報が確認されることのないまま、「恐ろしい国」、「貧しい国」のイメージと重なって日本人の意識に定着する。その前に、まずは事実関係を押さえた上で状況を冷静に見るべきだ。

今回、平壌滞在中に会った政府機関高官がこう言っていた。

「『科学技術を高めつつ、金日成主席、金正恩総書記の教えを徹底する』というのが金正恩委員長の指示です」

要するに、「改革やイノベーションを進めながら、国民に対する思想統制を強める」という意味だろう。一見、前半と後半が矛盾しているようだが、この国の論理ではそうではない。

民主主義ではない政治体制で、アクセル(開放路線や科学推進路線)とブレーキ(思想統制)のバランスを取りながら進んでいく──というのが、良いか悪いかは別として、実際のこの国のやり方なのだ。それを是非論で判断するだけでは、実情をきちんと理解するのは難しい。

厳しい貧困や民主的体制の欠如など、深刻な問題は根強く存在している。しかしその一方で、開発独裁の方針のもと、開放路線の進展や科学・情報技術の導入の動きも確かに萌芽を見せ始めている。

さまざまな最新状況をよく見て、かの国がどこへ向かおうとしているのか、何を欲しているのか、我々とどこで妥協し合えるのかを考え、対話を試みる。そういった着実な作業を続けていく先に、日朝首脳会談の実現や拉致問題の解決についても、光明が少しずつ見えてくるはずだ。

(了)

編集部からのお知らせ!

関連記事