スマホが普及した「平和な独裁帝国」北朝鮮で忘れられていく日本

激変する「近くて遠い国」【後編】
立岩 陽一郎 プロフィール

変化は確実に始まっている

私は今回、保育士と小学校教諭を養成する平壌教員大学も視察したが、そこでは学生たちが、CGを駆使した授業の進め方を学んでいた。

覗いた教室では、前方で1人の女子学生が前を向いて踊っていた。彼女の前には大きなモニターが置かれ、その画面の中で子熊のCGキャラクターが踊っている。学生と子熊の動きはそっくりだ。

これは、学生の動作をセンサーで読み取って、同じように子熊のキャラクターを動かす仕掛けだ。子供たちに、幼少時から楽しみながらこうした技術に親しんでもらう授業を開発しているのだという。

「砂場遊び」とCGを組み合わせて幼児に学習させる授業も研究されていた。教室の一角に、白い砂が敷き詰められた1メートル四方くらいのスペースがあり、そこにCGで作成された朝鮮半島の地図がプロジェクターで映し出されている。地図の陸地の部分は茶色っぽく、周りの海は薄い水色で彩られている。

学生がスコップで、半島の海岸線の外側にある砂を掘った。すると、その部分のCGの水色はどんどん濃くなって、真っ青な海の色になった。さらに学生が、掘った砂を金剛山の近くに盛っていくと、今度はそこに山の絵柄が現れた。

海や山といった地形の概念や、母国の大まかな形を子供に無理なく覚えさせるための工夫だろう。シンプルで学びやすいやり方のように思えた。

 

大学の責任者がこう説明してくれた。

「これらは全部、学生たちが作ったソフトで行います。すでに試験的に幼稚園児たちを招き、遊んでもらっていますが、皆、大好きになってくれます」

このように、国の方針として科学技術に力を入れているとは言っても、実際には単なるポーズではないかと疑問視する人がいるかもしれない。海外からの来訪者にアピールして、科学技術推進のイメージを刷り込もうとしているだけではないのか、と。

実は、この国の情報処理技術は非常に高く、米国の軍事専門家の間でひそかに畏怖されているという話もあるほどだ。しかし、それが事実であっても、高度な技術が一般国民の生活レベルに降りてくるはずなどないとして、こんなことを言う人もいるだろう。

「北朝鮮? 物資も食糧もなくて、みんな餓死寸前なんだろ。一般の人間に、Wi-FiやらCGやらを使う余裕なんてあるはずないじゃないか」

それに対しては、「まだ一部ではあっても、変化が起きていること自体には注目する方がよいのではありませんか」と答えたい。

この国が科学技術や情報技術の推進に力を入れようとしているという事実を、見過ごしてはならないと私は思う。さらに、そういった実態のみならず、科学・情報技術の推進という方向性を外にアピールしたがっていることも注意しておくべきだ。

もちろん、短期間のうちに全面的にその路線に進めるほど、国力に余裕があるわけではないだろう。特に地方の貧困状況は、本稿の前編で述べたように、幹線道路を行くバスの窓外を見てすぐに感じ取れるほど厳しい。

国の人口約2400万人のうち、平壌市のそれは約260万人、ほぼ1割だ。ざっくり考えて、仮に平壌の市民が比較的良い暮らしができているとしても、それ以外の人口の約9割は苦しい生活を強いられていることになる。

ただ、開発独裁とは、そういう一極集中の状態から始まるのが常だ。この先の国全体の行方を考える上で、部分的にでも始まった変化を無視してはならない。

日本語を学ぶ人がいなくなった

結局、いつまでも旧態依然たる視線でこの国を見ていると、日本の国益が損なわれるという結果を招く。

訪朝した外国人は、原則として必ず、建国の指導者である金日成(初代国家主席)の生家に行くことになっている。私も今回訪ねたが、そのとき、日本語で説明してくれる女性ガイドのリ・チャンヨンさんがこんなことを言っていた。

「今、日本人はほとんどここに来ませんから、私の日本語は錆びつきそうです」

中国語も話すリさんは毎日、中国からやってくる多くの訪問者の対応に忙しい。逆に、日本語を話す機会はほぼなくなっているということだった。

訪朝してくる日本人が少ないだけではない。この国の人々が日本に行く機会も当然ながら皆無だ。たとえば、流暢な日本語で通訳を務めてくれた対文協日本局のKさんも、日本に来ることはできない。

Kさんは学生時代に日本を訪ねた経験があるという。しかし、1991年に対文協に入った後は一度も訪日していない。したくでもできないのだ。

なぜか。それは日本政府が制裁措置として、この国の国籍を持つ者の日本入国を禁じているからだ。

そういう事態が続けば続くほど、両国が対話できる可能性はどんどん先細りしていく。同時に、この国における日本の存在感も失われていく。

この国の政府内で日朝関係を前進させようとしているのは、まぎれもなく、対日政策を遂行する担当者たちだ。しかし、誰もどうやっても日本に行けず、日本からの訪問者もいないとなっては、彼らの政治的発言力は確実に弱まる。日本について学んだり、日本に関する仕事をしたりする意味も薄くなって、日朝関係の改善など望むべくもなくなる。

そういう現状を象徴するエピソードがある。政府の対日政策担当者たちの大半は平壌外国語大学を卒業しているが、実はしばらく前、同大学の日本語学部が廃止されてしまったのだ。定員を満たせなくなったからだという。

当然だろう。日本語を学んでも、日本との関係が断たれている上、訪日もできず、対日問題の専門家としてキャリアを築く望みも持てない。学ぼうという若者がいなくなるのも無理はない。

ちなみに、今回私の面倒を見てくれたKさんら対文協の2人の職員は、共に子供が平壌外国語大学に進学している。ただし、いずれも中国語を学んでいるという。

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