スマホが普及した「平和な独裁帝国」北朝鮮で忘れられていく日本

激変する「近くて遠い国」【後編】

海外から人や資本を受け入れる開放路線のもと、科学・情報技術の導入をどんどん進めている「独裁的改革者」金正恩。“宿敵”米国と劇的な融和を図り、中国語を学ぶ国民が増えていく彼の帝国で、逆に日本はなぜ存在感を失いつつあるのか。このままで日朝対話を進めて拉致問題を解決することはできるのか。

平壤市内から38度線まで、北朝鮮を現地取材したジャーナリスト立岩陽一郎さんの訪問記、後編です。

※前編はこちら

 

朝鮮人民軍は米国と戦うのですか?

どきどきしながら軍事境界線に着いたが、最初から、韓国側に駐屯している米軍や韓国軍の様子を見られるわけではない。まず、1953年の朝鮮戦争休戦協定が議論された建物に案内され、続いて、協定が締結された建物に入れてもらった。

この流れは、実は1年前の訪問時も同じだった。ここでのファン中佐の説明に米国への誹謗が含まれていたのも、昨年の案内役の大尉と変わらない。2人とも、「米国は事実上の敗北を認めたくなかったために『休戦』とした」と説明したのだ。

ただし、その後が大きく違った。案内役兼通訳のKさんに頼んで、少し質問をさせてもらったが、私の問いに対する中佐の答えがあまりにも意外なものだったので、Kさんもびっくりしていた。

私はまず、こう水を向けてみた。

──最近、金正恩委員長が米国と首脳会談を行うなど、対米交渉を進めており、その結果、名実ともに朝鮮半島に平和が実現する可能性が生まれています。

「金正恩委員長は明快におっしゃっています。『米国との第3回首脳会談が取り沙汰されているが、我々の自主権を実現できないような会談には興味はない』と」

──では、仮に米国との交渉が決裂すれば、朝鮮人民軍は米軍と戦うのですか?

この質問に対する中佐の次の答えに、私は驚いてしばし考え込んでしまった。

「もちろん、我々はいつでも(戦う)準備をしています。ただし今、我々は新しい平和な歴史のために努力しています。もし我々が米軍と戦うという決断をしていれば、すでに戦争になっているはずです」

おや? これは「我々は米軍と戦争をしない」という意味なのか? 事あるごとに、「卑怯な米軍」とか「腐敗した帝国主義者の米国を打ち破る」などと攻撃的な言辞を弄してきた朝鮮人民軍が、「(米国との)新しい平和の歴史のために努力している」とは……。

首をひねっている私を、中佐は「さあ、次は展望台に行きましょう」と促すと、マイクロバスに向かった。

私はKさんと目を見合わせた。彼も驚きの表情を浮かべていた。

「今の話は、つまり『米国と戦争をしない』という意味だよね?」と私が確認すると、Kさんは言葉少なに「いやぁ、驚きました」とだけ答え、やれやれという表情で首を小さく振ってこう漏らした。

「まったく、立岩さんの通訳は命がいくつあっても足りませんよ」

展望台から見る景色は1年前とほぼ同じだった。

軍事境界線をまたいで、青色と銀色のカマボコ型の建物が並んでいる。中央に3棟並んでいる青い建物は、国連軍、つまり事実上の米軍が管理している。

その先に、韓国側の展望台が建っている。しばらくすると、展望台の建物から出てきたこちらに向かって、数人の韓国軍兵士がこちらに向かって歩いて出てきた。それを見ても、周りの朝鮮人民軍の兵士たちに変化はない。

片や私の方は、軽い緊張と興奮でどきどきしつつも、近づいてくる韓国軍兵士たちに目が釘付けになってしまった。遭遇してはいけないものに遭遇した……という意識が働いたのかもしれない。

「大丈夫、向こうは『敵』じゃないんだから」

自分にそう言い聞かせて、なおも韓国軍兵士たちの姿を注視した。すると、彼らもピストルなど銃器を携帯しておらず、丸腰なのがわかった。

まもなく、一般人らしき集団が韓国側の展望台からに出てくるのが目に入った。観光客らしい。韓国人に混じって、日本人がいる可能性も十分ある。

韓国側から私の姿はどう見えているのか。もし、朝鮮半島の軍事境界線を南北から挟んで日本人が向かい合っているとしたら、何とも不思議な光景だな……とぼんやり思った。