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元エリート官僚の息子殺害…親として「正義スイッチ」が入ったのか

ひきこもり高齢化が進む社会で

父親を誇り、他人を威嚇

父に殺された息子は、その父の名の一字を自分の名前としている。

エリート一家に生まれた長男。家族からは父と「同じような学び」を得て、「同じような人生」を歩むことを期待されていたことはこの命名からも想像に難くない。

実際、被害者の熊澤英一郎さんは加害者となる父・英昭容疑者のように生きたかったのかもしれない。

「君達なんかと同類にしないでくれないか」

ツイッターで幾度も元農水事務次官の父親を誇り、他人を威嚇してきた。選民意識ともとれるようなこの言葉は、小さい頃から親に言われ続けてきた、愛着と嫌悪が入り混じったものなのかもしれない。

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報道によれば、英一郎さんはその期待通りに名門私立中学、高校へと進学する。しかしそこで「いじめ」にあう。

また本人の書き込み通りであればアスペルガー症候群で18歳から統合失調症と診断されていたというから、早い段階で社会での生きにくさを感じていたのだろう。

「いじめ」による苦痛と苛立ちは暴力という形で家族に向かう。

中学2年の時から母への家庭内暴力が始まったという。

 

40歳を越えたここ数年に至っても、ツイッター等で《愚母を殺したい》などと母親への不満を何度も記し、《過去世界で母親あるいは父親を殺すと自分が消えるという王道ストーリーは無いのか?》とも投稿していることを見ると、親への憎悪はいくら暴力を振ったとしても満たされない欠損を抱えているようにも思える。

それがたとえば幼児期や学童期において児童虐待に相当するような親からの抑圧や、体罰といった心身の危機につながるものであったか否か等は、本人が亡くなってしまっているのでわからない。

この事件については、今後も一方的な言い分だけが流れてくることを意識して見ていかなければならないということもあえて指摘しておきたい。