重力波観測に匹敵、超精密キログラム定義改定の舞台裏

「物理法則」による新定義とは?後編
山根 一眞 プロフィール

30年目のゴール、祝福のチーズケーキ

この計測は、倉本さんの血のにじむような努力によるものだが、このプロジェクトは藤井さんをリーダーとする産総研の他分野の研究者の力強い協力があったからこそ成功したのである。

シリコン球は、温度変化があれば当然ながらサイズが変わる。そこで、シリコン球の温度を10000分の1程度に一定に保つノウハウや技術が採用。

たとえば、シリコン球の体積を測定するレーザー干渉計の光周波数を超正確に制御するため、14桁という超高精密度の光周波数が、地下の研究室から光ファイバーで1階のシリコン球計測室に提供されていたのはその一例だ。

その超高精密度の光周波数の提供は、「光の速度で1mを決める」という長さの国際基準のいわば「総元締め」が担当した。

こうして得たシリコン球の体積測定精度は、2.0×10-8、1億分の2を達成! キログラム原器のゆらぎ=1億分の5よりはるかに小さい値を手にできたのである。

その他に同位体の割合や、シリコン球の表面分析、同位体濃縮結晶の原子間距離の均一性の評価など、多くの研究を経て、プランク定数によるキログラムの定義改定が可能になった。

2017年10月21日。国際科学会議(ICSU=International Council for Science)が設置する科学委員会、「科学技術データ委員会」(CODATA=Committee on Data for Science and Technology)は、第26回国際度量衡総会(CGPM)でキログラムの定義改定を審議するために、プランク定数の値を決定した。

藤井さんもメンバーである科学技術データ委員会では、アボガドロ国際プロジェクト、および他の方法でプランク定数を測ったデータなど合計で8つのプランク定数のデータが採用された。そのうちの4つはアボガドロ国際プロジェクトで得られたものだ。

8つのデータのプランク定数にはごくわずかの違いがあったが、それらをもとに科学技術データ委員会が「プランク定数」を

6.62607015×10-34 ジュール・秒

とする特別調整値を提案。

2018年11月16日。フランスのベルサイユ国際会議場で開催された第26回国際度量衡総会の最終日。この調整値による新定義で各国に異存ないかの審議が行われた後、議長が会場のメートル条約加盟国、60ヵ国の代表一人一人に「yes」か「no」を問いはじめた。

フランスなので「yes」ではなく「oui」とウケ狙いの意志表示をした代表もいたが、日本の代表である臼田孝さんは英語で「yes」。60ヵ国のうち1ヵ国は欠席だったが、出席者は全員が「yes」だった。

そして議長が、「改定されました」と宣言すると、ベルサイユ国際会議場は大きな拍手に包まれた。

キログラムの新定義が「6.62607015×10-34 ジュール・秒」となった瞬間だった。

産総研では、午後9時半頃、長年にわたり国際単位系(SI)の定義改定に取り組んできた25人の研究者が総会の中継を配信したYouTubeを大スクリーンで注視、議長の「改定されました」の声とともに拍手が巻き起こった。

藤井さんにとっても、ついに30年目に迎えたゴールだった。

記者会見を終えて帰宅したのは深夜1時。

すでに奥さんは就寝後だったが、テーブルの上に「祝」「kg」の文字が入った手作りのチーズケーキがそっと置いてあった。

「家内は私が30年にわたり研究してきたのを知っていましたから……」

【写真】「祝・キログラム」ケーキ
  お祝いのチーズケーキ 写真提供:藤井賢一
藤井さんの30年にわたる取り組みをわかりやすく紹介した一文は『三田評論』でオンライン閲読が可能だ

「産総研はまさに総力を結集してこの測定を行いました。1つの研究室だけではとても無理でした。産総研には世界トップ水準の研究部門が多くありますから、それらの総力を結集したからこそ達成できたんです」(藤井さん)

 

新しい1キログラムの測り方
科学が進めば単位が変わる

臼田孝

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