重力波観測に匹敵、超精密キログラム定義改定の舞台裏

「物理法則」による新定義とは?後編
山根 一眞 プロフィール

次なる難題「原子の数を数える」

あとは、このシリコン球に含まれる全原子の数を数えればよい。

その理屈は簡単だ。シリコン単結晶の原子と原子の間隔を測る。シリコン球の体積を正確に測定する。原子と原子の間隔、そして球の体積がわかれば、計算で原子の総数がわかる。そのデータでアボガドロ定数を決定、プランク定数に置き換えて、新しい1kgの定義とする。

だが、「言うは易し行うは難し」だ。藤井さんはこう語っている。 

「原子1個を操作できるピンセットで、物質1モルに含まれる原子の数、たとえば12gの12Cの原子数を知ろうとして、パソコンのクロック周波数に相当する2GHz、すなわち1秒間に20億個のペースで数えたとしても1000万年かかかります」 

【写真】藤井さん、倉本さん、高辻さん
  真ん中は藤井さんとともに直径測定装置を開発してきた倉本直樹さん(工学計測標準研究部門・質量標準研究グループ長)。右は高辻利之さん(工学計測標準研究部門・研究部門長)、左は藤井賢一さん 写真:山根一眞

そこで、原子と原子の間隔を測るために、X線回折装置による「X線結晶密度法」を採用した。産総研では40年前からその装置の開発に着手し、1990年代には新たなX線回折装置が完成していた。

その装置、気絶するほどの精密さだ。

3枚の板からなるシリコン結晶にX線を当てると、回折したX線は互いに干渉し、3枚目の結晶を1原子間距離だけ動かすたびに、X線が明るくなったり暗くなったりする。3枚目の結晶の移動距離を測りながら、X線の明滅を検出すれば、原子間距離が正確にわかる。しかし、このX線干渉を得るには3枚目の結晶を限りなく高い精度で並行移動させなくてはならない。

その角度精度は10-9ラジアンだ。前回(中編)、こう書いた。

X線干渉計の信じがたいほど精密な角度制御が必須。それは、地球から月面に残したアームストロング船長の足跡のサイズがわかるほど精密な角度制御が求められていた。

大先輩の業績が大きな役割を果たした

そんなことが可能なマシンを最初に開発したのが、旧・通商産業省工業技術院計量研究所の故・中山貫さん(後、首席研究員)だった。藤井さんが、就職相談で訪ねた時に偶然所内の食堂で同席したのあの中山貫さんだ。その技術蓄積から、新たなX線干渉計が開発され、そのノウハウはイタリアの研究機関にも引き継がれ、今回のアボガドロ国際プロジェクトで大きな役割を果たした。

藤井さんが、「30年間の蓄積があったからこそ」とは、そういうことなのだ。

「世界で最も丸い球」の体積を測るのも大変だった。

【写真・図】レーザー干渉計
  シリコン球の体積を知るために使ったレーザー干渉計 写真:山根一眞(2016年に撮影、 拡大画像はこちら

地球の大きさにしても凸凹が10m以内とはいえ、原子レベルでは真球にはほど遠い。そこで、どれだけの凸凹があるのかを知るため、球を少しずつ回転させながら表面をレーザーで精密に測ることを延々と続けた(球体体積測定用レーザー干渉計)。なにしろ、この球の直径を原子間距離に相当する0.6nmの精度で測らねばならないのだ。

その計測回数は約2000回におよんだ。そして得た凸凹具合を誇張して描いたCGを見ると、まるでボコボコになった饅頭だ。

【図】シリコン球の測定
  ナノサイズで見ると「世界で最も丸い球」もボコボコだ(産総研プレス発表より)

このボコボコ饅頭を見ると、精密に体積を得るためにどれほどの苦労が続いたかを伺い知ることができる。