ずらりと並ぶメニュー札の上手い文字からは、料理の美味さも窺える。

弱者に優しくない時代に、輝き続ける高円寺の「愛の酒場」

ロビンソン酒場を往く⑥

大衆食堂、社員食堂、食堂車。「食堂」と名のつくものは数多あるが、「民生食堂」という名前を見聞きした人はどれだけいるだろうか。ユニコーンファンなら、なんとなくその字面だけで胸の鼓動が早まるのではあるまいか。

「民生食堂 天平」の外観

高円寺と中野の間、中央線沿線の蜃気楼のような商店街にある「民生食堂 天平」。
「東京都指定民生食堂」とあるが、民生食堂とはなにか。ガラガラと鳴る木製の引き戸、歴史遺産のような食堂で、美味い肴をアテに呑む幸せを求めて、時折、この店に向かうのである。

JR中央線高円寺駅は、駅を降りるとすぐに商店街がつづくにぎやかな街である。いまや本家並みの賑わいを誇る阿波踊りは、この街にある現パル商店街の青年会がはじめた企画であり、もとは「高円寺ばか踊り」といった。世の町おこしの先駆けである。

何度か見物に行ったが、「踊る阿呆に見る阿呆おなじ阿呆なら踊らにゃ損損」と歌うが、ものすごい人出で見るだけでも十分疲れる。

 

喧騒を離れ、ちょっぴり心細くなる住宅地の中へ

北口を出て、商店街を歩く。まだ、チェーンに駆逐されずに個人店があり、面白みのある商店街をずんずんと進む。賑わいは途切れることなくつづくが、早稲田通りにたっすると唐突に終わりをつげる。その先は住宅街だ。

イチゲンでこの街をぶらぶらしている人ならば、ここで引き返すことになるが、件のロビンソン酒場は、早稲田通りをわたった、そのまたしばらく先にある。

毎度ながらロビンソン酒場とはなにかと言えば、それは駅や繁華街から離れて、孤島のようにあるのに、どういうわけか流行っている店を、私はそう呼んでいる。

ちなみにロビンソン・クルーソーの物語の本来のタイトルはいわゆる長大語で、『ビリギャル』の本当のタイトルよりももっと長い。

ロビンソン・クルーソーの職業から遭難のいきさつまで紹介していて、ほとんど中身がわかってしまい今時のキラキラ映画のトレーラーのようである。

さて、近頃、1人で歩いていて最も不安になるのは実は住宅街なのではないかと思うようになった。空き家が多ければなおさらなのは言うまでもないが、たとえば、ひったくりなどにあったとしても、住宅街は日中でも人通りも少なく、助けも呼べぬ。

高円寺駅から商店街を抜けて早稲田通りを横切ってさらに北上すれば、住宅街がつづき、道も細く、すこしばかり、心細くなる。そこに、すっと姿を現わすのが民生食堂「天平」である。

「戦後の昭和」を思わせる佇まい

ブロックの角、南西に向いた、木造の総二階、瓦葺きの屋根、腰板の代わりにタイルがはられ、むかって右側には並んだサンプルも年代物の木製のサンプルケース、左側には、厨房の窓がある。

年代物の木製のサンプルケース

そこだけ見れば、詰襟、下駄履きの、戦前のバンカラを思わせるような、硬派な学生が暖簾からひょいと顔を出しても不思議ではないような佇まいである。

無味乾燥な、石油由来の素材ばかり目立つ建物が並ぶ街にとって、古くからある建物は、その街の記録であり、そのまま、歴史を語るモニュメントでもある。この街も、この店が、この外観があるだけで、すくなくとも半世紀以上、ここに、普通の市民の暮らしが営まれてきた証拠を残している。

こうした、敷地一杯にたてられた昔の建物の多くが引き戸であるように、天平も入り口は年代物の引き戸である。歩道もなく、いきなり道路に面した建物にとって、引き戸は、往来する者と出入りする者とが不意にぶつかることを防ぎ、いざというとき、大きな荷物を運び入れるには、外して間口をいっぱいに広げることができる。

パワービルダーがたてる、道路までギリギリに建てた家の玄関のドアを見るとヒヤヒヤするのは、アレがいきなり開いて、往来を行く自転車とぶつかったりしそうだからである。