IT立国・ルワンダの首都を牛耳る中国人経営者たちの野心と本心

安田峰俊・チャイナフリカを往く②
安田 峰俊 プロフィール

モーリシャスへの「労務輸出」契約は2年で満了し、いったん中国に帰った。だが、台湾系の縫製企業がミャンマーの工場で働く人材を募集していると聞き、「海外で働くのは慣れていたから」と、友人の紹介もあってそちらに就職することになった。当時の彼女は20歳。今回は末端の作業員ではなく現場監督のポジションだった。

「ただ、2000年ごろにミャンマー軍事政権とアメリカの関係が悪化して、衣料品の対米輸出ができなくなったんですよ。そこで会社(=勤務先の台湾企業)は東アフリカのケニアに工場を移すことになった。私もそれに従って、もういちどアフリカに来ることになったんです」

 

ケニアでしばらく働いていると、2005年にアメリカでアフリカ成長機会法(African Growth and Opportunities Act、AGOA)が制定された。これは人道的な経済支援を目的に、アフリカの製品を免税で対米輸出できるように定めた法律だ。

つまり、アフリカでモノづくりをすれば、アメリカの企業から積極的に買ってもらえるようになったのである。当時32歳の彼女にとっては新たなビジネスチャンスの到来だった。

「そこで、2007年に独立して起業しました。当時のケニアでは、縫製工場のワーカーの人件費が月あたり50ドル(約5500円)でしたからね。当時の中国国内と比べても4分の1です」

地方都市のバスターミナルで見かけた、中国の寧夏回族自治区銀川市で2010年におこなわれた市民登山大会の記念品リュック。欧米や中国の中古衣料品やカバンがアフリカに流入するのは、ルワンダの衣料生産の立ち遅れゆえだ。2019年4月安田撮影

ケニアの会社が軌道に乗ったことで、やがて隣国のルワンダのカガメ政権の誘いを受けて2015年から同国に進出することになった。逆にケニアの会社のほうは、経済発展によって人件費が月あたり180ドル(約2万円)まで上昇したので売却してしまった。ものすごい柔軟性である。

「ケニアは危なくないか、とよく聞かれます。確かに強盗に遭って銃を突きつけられたこともあるのですが、注意すれば大丈夫です。ケニア人の強盗も事情はわかっていて、私たちのような外国人に対しては殺してまでモノを盗むことはあまりないんですよ。ただ、ルワンダの治安はケニアよりもずっといいのも事実です。安心感はありますね」

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