70代でガンになった私が直面した、100歳超の母「介護の現実」

そして、自らも老人ホームへ…
阿井 渉介 プロフィール

老人ホームの食事の中にビニール片が3度も

数年の介護を経て母を看取った後、私は老人ホームに入りました。

母の介護をしている間は苦にはならなかった家事が、自分だけのためにするとなると、もう箸一本洗うのもいやになってしまったからです。

つまり、介護される身になったのです。

 

将来は老人ホームで暮らすつもりのある方、いま親が老人ホームに入っている方々に、告げたいことがあります。

老人ホームの内容は、よく調べてから利用しないと、大きな後悔の源になります。

私が入ったのは全国に100近い施設を持ち、今年中にもあと10ヵ所に開設を予定しているという組織のものでした。

まず私が驚いたのは、三度の食事のお粗末さでした。食費として払っている金額で、こんなものしか食えないはずはない、と呆然としました。

野菜炒めがよく出ました。なかに桃色の切れ端があります。近年はとんとお目にかかったことがなかった魚肉ソーセージに、私は60年以上を隔てて、対面していたのです。それも初めは、老人のノスタルジーを思いやってのメニューと考えました。しかし、そうではありませんでした。野菜炒めは週3回は出ていましたが、そこには本物のソーセージが混じることは一度もありませんでした。

豚肉さえ、ほとんど供されず、牛肉は、たまりかねて1年余りで私が逃げ出すまでに、薄く小さな姿を2度しか見せませんでした。カレーの肉は1回の例外もなく、鶏の挽肉でした。

しかし、私が逃げ出したのは、そんなことのためではありません。野菜炒めに、四角に切った野菜と同じ形のビニール片が、3度も混じっていたからです。ビニールの紐の切れ端が混じっていたこともあります。

気がつかずに食べてしまったこともあるかもしれません。他の老人たちの皿にも、入っていたのではないかと思います。私は識別して皿の上から撥ね除け、歯のあいだから引っ張り出しましたが、ここにはそれらを識別し排除できない老人たちがいました。大半がそうでした。そんな老人たちは、黙ってビニール片を呑み込んでいるのです。

言うことができる者が言わなければ、と何度か抗議しました。馬の耳に念仏でした。食事のことだけではありません、いい加減さ、儲け主義が、この施設の至る所に見られました。

老人たちは訴えるすべを持ちません。家族に訴えたらと思いますが、心配を掛けてはいけないと思うのか、家族が訪ねてきても不平不満は言いません。施設ではなく、家族への不平不満と思われるのを気遣っているのです。

私は自分だけが逃げ出すことに苦痛を覚えました。この施設には、ボケてしまっている人もいる。100人近い入居者たちのためになにかできることがあったのではないかと、いまも心が痛みます。

親が、あるいは自分が、いずれは老人ホームにと考えている方々に告げます。施設の内容をしっかり見極めないと、親の、自分の、老後が暗い辛いものになります。

私はインターネットを上手く利用できません。全国の老人ホームの内容を、精査し吟味し、ランク付けができるホームページを、どなたか作ってはくれないでしょうか?

老齢作家が母を看取るまでの壮絶な日々を、医療、介護現場のあまりに〈寒い〉現実への怒りと共に、赤裸々に語った介護記。