70代でガンになった私が直面した、100歳超の母「介護の現実」

そして、自らも老人ホームへ…
阿井 渉介 プロフィール

悔やみきれない、母に投げつけた愚かな言葉

「介護とは?」

訊かれたら、私は即答します。

「介護とは下の世話なり」

母が脳梗塞を起こす少し前のことです。

100歳を超えた母を70代の息子が世話をする老老介護の日々の中で、母は心身ともに衰えていました。

 

ある夜、物音に目覚めて、母の部屋に行ってみると、母は途方にくれたようにベッドに起き直っていました。使い捨てのオムツはほどけて外され、内容物がベッド上に散乱(というほどではなかったのですが、そのときはそう見えてしまいました)していた。

「わあっ」というような声を、私は上げたかもしれません。「どうしたの」と聞きましたが、こうして文章にするとき、その末尾に付すマークは「?」でなく「!」だったことを白状しなければなりません。

「トイレのときは、たとえ夜中でもぼくを呼ばなきゃ駄目でしょう!」
「でも、自分でできると……」

どうしてよいかウロウロする思いでしたが、とにかく風呂場に連れていきました。春とはいえ、夜中の風呂場は寒かったので、まず熱い湯を出して、風呂場用車椅子を温めました。そこに座らせ、洗い流しました。

母のお尻から太腿にかけては、瘦せたためか、皮膚がたるんでひだが幾重にも垂れ、まるで鍾乳洞のようでした。ずいぶん痩せたとは思っていましたが、それがそのような形で見せられると、心が痛む前に醜悪さを感じてしまっていました。いや、そんなことより洗いにくくて困りました。

なんとか洗い終え、ベッドのシーツを換えました。シーツの下には、このようなときのために、ビニール製のシーツがもう一枚敷かれていましたが、それにも少し黄色い斑紋が生じていたので、予備のものと換えました。

母は疲れているようでしたし、私も疲れ果てていました。

「トイレに行きたくなったら必ず知らせるように」と命ずるように言いました。母は無表情にうなずいていました。