世界的ダンサーから経営者に。バレエとビジネス共に成功させた20年

強い反発があっても実現したかったこと
熊川 哲也

強気の言動が客層を広げた

こうした僕の言動は、事あるごとに日本のバレエ界を挑発し、さらに「僕を支えるのはバレエの才能と根拠ある自信」「挫折や苦労などしたことがない」という物言いは、無用の反発と誤解を生んだ。一方でそうした強気の言動は、バレエという芸術に対する世の中の関心を呼び込む効果もあったのではないか。

「Kバレエは素人の観客しか来ない」という批判も耳にした。たしかにKバレエの公演には、バレエファン以外の素人や観光客も来る。しかし、それが本来の姿であって、玄人しか集まらない公演は、ただお家芸を披露する範疇にとどまってしまう。

今客席を見ると、以前よりも幅広い客層となり、とくに男性客が増えてきた。これは劇場と観客のつながりが深まっていることでもある。たとえば、オーチャードホールや新国立劇場のシートそのものに価値が生まれ、そこに行けば面白い舞台が見られる、すばらしい音楽が聴けるという劇場への信頼感が育ってきている。劇場と観客の信頼関係によって、バレエの客層は広がりつつあるのだ。

一方で改革すべき課題は山積している。前述したバレエ教育の確立のほか、外国人雇用を含めた国際化も立ち遅れている。時代は急速に変化している。バレエ団は外国人ダンサーを積極的に入れて、環境をグローバル化していかなければならない。それによる日本人ダンサーの淘汰は覚悟しておくべきだろう。

日本のバレエ団は海外のバレエ作品をもっぱら上演してきたが、それでは日本のバレエはいつまで経っても自立できない。とくに新国立劇場は自前のレパートリーを生み出していくべきだと僕は繰り返し訴えてきた。

とはいえ、日本でつくった作品を海外で上演することを「成功」と呼ぶ考え方は、自国のアイデンティティが生まれつつある今、もはや過去の価値観と言えるだろう。バレエは世界の文化である。海外から来日した観光客が、歌舞伎や相撲と同じように「バレエを観にいこう」と劇場に足を運ぶこと、そうした舞台と観客をつくることこそ真の国際化だと僕は考えている。

 

日本の場合、国家予算に占める文化・芸術予算が〇・一%と先進諸国の中でも極めて低い。バレエという芸術が一過性のブームではなく、一人のスターの存在によって成立するのでもなく、文化として確立し根付いていくことを保証する環境づくりが必要だ。

たとえば、日本にも優れた才能を持つ振付家は数多くいる。しかし、興行的に成立しがたいため作品を発表する場はごくごく限られている。振付家を育てようとする組織もほとんどないのが現状だ。

Kバレエでは二〇一八年二月の「New Pieces」公演でダンサーが新たに振付をした舞台を披露した。こうした公演を今後も定期的に持ち、微力ながらも今ある状況を打開したいと考えている。

『完璧という領域』